『パレスチナ詩集』ダルウィーシュ,マフムード【著】/四方田 犬彦【訳】 (ちくま文庫 )
ガザの壁にはマフムードの詩「壁に描く」のプレートが貼られているYouTubeがあがっていて、まさに今のガザの詩なのだと思った。日本では落書きは消されてそういう煩雑さはなくなったのかもしれないが落書きがあった頃はそういう物語を欲していたのだと思う。それが単純な歌詞であっても。詩が物語として力を持っているならば、それらの言葉は語り継がれていくだろう。そんな推しの日に読んだパレスチナの詩。
「アナット」は月の女神で善神バアル(キリスト教では蝿の王というような邪神)の妹。バアルが死んだときに冥府から救い出したのが妹のアナットだという。「望みなき恋人たち」というのは兄妹愛なのか。鏡のようにだから似たもの同士なんだろう。「和解できずにいる二人の女」の一人はアナットで、もう一人はアスタルト(豊穣の女神)。アナットとアスタルトが同一視されていた時代もあるという。アナット=アテナ アスタルト=アプロディーテーという感じのようだ。
アナットは犠牲神のようだ。被造物というのは都市化だろうか?地という地が「ラピスタズリの笏と聖処女の指輪」に従うのは、新しい女王のようだ(エリザベスとか?)。
地下に留まったままであるアナットを呼び戻す詩なのだ。そして砂漠であるカナーンの大地を再び豊穣の地へ戻して欲しいのだろう。ジュリコは「ジュリコの戦い」という歌があったがあれがキリスト側の歌か?多分ジュリコで敗れたのだろう。
昨日(11/4)が推しの日とかで、最近の詩の推しはずばり、マフムード・ダルウィーシュ『パレスチナ詩集』なのだった。中東では詩が今でも流行っていてそれが読まれているということだがダルウィーシュ「壁に描く」はYouTubeに上がっていて、ちょっと感動するのである。80p.を超える長編詩だが、その中に過去の文学の詩や聖書の言葉が織り込まれているという。それはT.S.エリオットがやったモダニズムの表現だが、その詩が現代に蘇る場所がパレスチナの壁なのである。T.S.エリオットが書いた「あらゆる詩は碑文である」というのを体現している分離壁の詩なのである。
この言葉は『出エジプト記』からの引用があり、ユダヤ教における神の自己定義のひとつだと解説にあった。それを換骨奪胎する手法はまさにパロディなのだが、それは現実にパレスチナで起きていることだった。
ダルウィーシュが詩で語るのは現実世界なのだが(この詩は心臓発作で入院した詩人と看護婦の会話を元に書かれたものだという)、そこに西欧哲学や宗教が織り込まれていく。そして隠喩を駆使して過去に見てきたものを回想していく。ここでは哲学者ハイデッガーと詩人のルネ・シャールの対話を間近で目撃したことも描かれていく。その中に監獄生活の拷問なども描かれているという。
詩人の抗議の声はイエス・キリストの叫びと重なる。しかし、彼の神はどこにいるのか?
このあとアラビア語で彼の名前が刻まれるのだが、それぞれの文字(五文字)に意味がある。そしてそれは友人の名前でもあるのだ(同名の名前の友人か)。かれは墓に収まっていた。
ガザのジェノサイド前に書かれた詩なのだが。