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「鬼滅の刃」と「先祖の話」

『先祖の話 』柳田国男(角川ソフィア文庫)

人は死ねば子孫の供養や祀りをうけて祖霊へと昇華し、山々から家の繁栄を見守り、盆や正月にのみ交流する――膨大な民俗伝承の研究をもとに、日本人の霊魂観や死生観を見いだす。戦下で書かれた晩年の傑作。

春の彼岸に合わせたわけでは無いのだが、母が亡くなって一年過ぎようとしている。そのことが原因なのか(春先は精神的に不安定なのだが)、少し落ち込む日々が続いた。毎日notoしているのにどこがと思う方もあるだろう。でも不調の日でも日記ぐらい付けることは、長年の経験から出来るようになっている。むしろそのことが絶不調にならない一応の歯止めにはなっているのかもしれない。

本題に入れずぐずぐずだ。まず日曜カルチャーラジオ「人間を考える~私たちの生きる時代~(2) 3月13日(日)【出演】社会学者…大澤真幸」を聞いて、日本の敗戦時のことを考えたのは柳田国男がいたということ。この『先祖の話』を上げていた。

【出演】社会学者…大澤真幸

世界で憂慮される気候変動問題は、今すぐというよりこれから後の世代(未来の他者)に決定的な意味を持つものです。しかし、社会学者の大澤真幸さんは、「日本人は未来の他者に対する関心が乏しく、それでは重要な問題に対処できないことになる」といいます。なぜ日本人は未来の他者に関心が薄いのでしょうか?第2回は、「未来の他者と我々の死者 戦後日本にトカトントンが鳴り続く」と題して大澤さんにお話しいただきます。【聴き逃し】カルチャーラジオ 日曜カルチャー「人間を考える~私たちの生きる時代~」(2) 3月13日(日)午後8:00放送 #radiru https://www2.nhk.or.jp/radio/pg/sharer.cgi?p=1940_01_3766354

ナショナリズムを当たり前のように求めている今の社会について。『鬼滅の刃』のヒットは、孤児の主人公が自身の出自(火焔太鼓)に目覚め鬼滅隊の大将(柱)になる話。鬼は、炭治郎を孤児にした負の欲望だが、妹が鬼の血に犯されている。

大正時代が選ばれたのは、昭和になると太平洋戦争になって、炭治郎が活躍する余地がない。国家主義に従うだけの兵隊になるから。このファンタジーは、司馬遼太郎の国造りのファンタジーに負っている。鬼滅隊、新選組(『燃えよ剣』)。「想像の共同体」。フィクションを求める大衆。国が無名戦士の墓を祀るのは、過去の他者によって生かされいるからだ。未完成な未来の国造りのフィクション(共同幻想)なのだ。

話を柳田国男『先祖の話』に戻す。太平洋戦争末期、日本の敗戦が濃厚な時に日本の行く先を案じて書いた随筆。柳田国男が危惧するように、日本の民族的な風習はアメリカの民主主義に消し飛ばされたわけだが、柳田のようにならなかったのは孤児の問題があったのだと思う。

親を無くした孤児にいくら先祖の話をしたところで馬の耳に念仏だろうし、自分の出自がどこの馬の骨かもわからない。そうした時にすがれるものは、せいぜい悪友ぐらいなもので、それ以外は金の力とか、アメリカの教育した民主主義ぐらいだった。

ただ柳田国男が「先祖の話」をしたのは、皇国史観につかれた一神教の神道の話ではなく、多神教の神様の話だった。それを民俗学的に消えていくものとして日本の風習として残して置きたかったのだ。正月とか盆暮れの風習。そういう伝統ある風習を伝えるのは家があってからこそなのだ。

焼け野原で家も失って先祖どうのこうの言われても食うための生活で手一杯だ。いま、余裕があるときに読むとなるほど、そういう風習があったのかとおもうのである。ただ主に関西だからそういう風習があったのかと思う。それと地方に残るような。都市に住む者はルンペン・プレリアートになるしかなかった。それが飢餓という鬼なのである。

柳田が言っていることは、明治になって皇族史観の天皇制と神道が一緒にされてしまい、本来なら宮廷行事にしかすぎないことを国家がとりおこなう。一般大衆のレベルでは、村々の神様がいて、それが生活習慣と共に根付いていた。ただやはり土地や先祖がわからなくなると、そういった風習は消える運命だ。

もう一つ戦争で跡取りが亡くなった家でも分家してその先祖を持つことが出来るという話。「先祖になりなさい」というのは、家督じゃない次男三男坊が一旗上げて家を作ることだという。その仕組が家父長制なんだが、女子のことは出てこない。

昔は、子供のない老女などを「柿の葉め」と言って馬鹿にしたそうである。葉っぱが器の代わりとして、乞食などが器代わりに用いた。供物を上げるのに「蓮の葉」があるという。それを鳥やら獣がついばみ、乞食もたべに来る。そうしたものを後で川に流す風習。それは仏教的なものというよりも神道的なものなのだそうだ。

みそぎという水を汲んで墓を洗う習慣も、神道から来ているものだという。稲と水は、仏教伝来よりも日本人が大切にする風習があるのだいう。

地獄谷というそれほど大きな川でなくとも、そこに石が積まれるとそこが彼岸との堺になっていた。誰彼ともなく、石を積むことに、仏教以前の民間信仰の現れがあるという。

それで『鬼滅の刃』につながっているのだと思う。そういった昔ながらの風習を懐かしんで癒やしにしたいと思う。ノスタルジーのファンタジー。それが日本の場合、明治の皇国史観と同一にみなされてしまう。国家主義の問題があるからだろうか。日本の国家観を作り上げたのは明治の文明開化で、それまでは藩が国だった。

だから地方に行けば民間信仰も残っているし、それは国家とは関係ないものだった。しかし保守層は、行き過ぎた欲望の資本主義で荒廃する地方を見ているので、留めたておきたいと思うのだろう。ナショナリズムの下地は、そんなところか。


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