人間魚雷の顛末は会社人間に継承された
『魚雷艇学生』島尾 敏雄 (新潮文庫– 2011)
このままで果たして自分は戦闘に臨めるのか――。海軍予備学生として魚雷艇の訓練を受けながらも、実戦経験がないまま、第十八震洋特攻隊の指揮官として百八十余名の部下を率いる重責。勇壮な大義名分と裏腹に、ベニヤ板張りのモーターボートでしかない特攻艇を目にしたときの驚愕。特攻隊隊長として従軍した著者が、死を前提とする極限状態における葛藤を描く戦争文学の傑作。
島尾敏雄が『死の棘』以降に書いた戦争文学。ミホとの出会うまでの海軍予備学生が訓練を受けて即席の下士官になって、特攻隊を志願してその隊長にまでなる自伝的な私小説。
最初はやる気の見られない甘ちゃんの学生幹部候補生から冷酷な特攻隊隊長になっていく足跡を声高にではなく静かな声で描いている。最初は暴力には馴染めない学生が自然と暴力を肯定して自ら振るうようになる。そして海軍の制服組の優越感や隊長になったことの驕りを包み隠さず描き出す。
『魚雷艇学生』のS(島尾の頭文字か)は大西巨人『神聖喜劇』とは真逆な方向から、むしろ『神聖喜劇』の中にいたら確実に叩き上げの大前田軍曹とは対立し、陸軍二等兵・東堂太郎の批判を浴びる人物だ。それでも彼の状況にいたならばそうならずにいられたかどうか?そこからのミホとの出会い(恋愛)はつかの間のひとときに人間に戻れる場所だったのかもしれない。
エリート学生がブラック大企業に入って気がついたら特攻隊の隊長になっていたというような、淡々と語れれる中に恐ろしい世界が潜んでいるのだが、読み終わってみるとそれは戦時中でもなく、今の社会でも似たようなところはある。決定的に違うのは「修正」という暴力なんだが、企業で働くと非人間的に修正されていくのは同じなんだと思った。それは下っ端だけではなく幹部候補生であっても。
関連書籍
『出発は遂に訪れず』島尾敏雄
『死の棘』島尾敏雄
『海辺の生と死』島尾ミホ