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近江の君が落ちをさらう「玉鬘」十帖

『源氏物語 31 真木柱』(翻訳)与謝野晶子( Kindle版)

平安時代中期に紫式部によって創作された最古の長編小説を、与謝野晶子が生き生きと大胆に現代語に訳した決定版。全54帖の第31帖「真木柱」。玉鬘が思いもかけず髭黒大将と結ばれたことを源氏は仕方なく受け容れた。髭黒は夫人・北の方に寄りつかなくなり、立腹した父に引き取られた。髭黒は愛娘・真木柱に会いに行くが謝絶される。玉鬘は尚侍として参内したが、心配した髭黒は玉鬘を連れ戻し、玉鬘は髭黒の息子を産んだのだった。

『源氏物語 31 真木柱』

突然玉鬘と出来てしまったのは髭黒大将であった。この玉鬘十帖という物語を思えば、四季の循環構造の中にあるならばそれほど突飛でもなかった。光源氏に囲われる以前の生活、最初に戻っただけなのである。面白いと思うのは玉鬘の意志はそこにはなく石山寺の神と仲立をした弁のおもとという女房がキーパーソンになっているのである。それは源氏との繋がりも右近という女房の仲介と長谷寺の観音様のご利益で引き合わせたのである。

玉鬘の意志は最初から無かったのだ。しかし、恨みをかった弁のおもとは解雇されたのだろうな。髭黒大将が面倒を見たという話もなかった。髭黒大将の台頭は雅な貴族社会よりも腕力での武家社会を連想させる。その犠牲になったのは玉鬘だけではなく、髭黒大将の妻子も惨めな境遇に置かれていたのである。それに助け船をだしたのが父である式部卿の宮だから、話が渾沌とする。まあ宮家だったということを頭に入れとけばいいのか?そして、重要な人としては帖のタイトルにもなった真木柱と呼ばれる姫である。

髭黒大将は夫としてはどうしようもない奴だが父としては頼りがいがあったのか、娘が大黒柱(真木柱)の割れ目に和歌を託すのである。

(髭黒大将の姫)
今はとて宿かれぬとも馴れ来つる真木の柱をわれを忘るな
(髭黒大将の妻、姫の母)
馴れきとは思ひ出づとも何により立ちとまるべき真木の柱ぞ

『源氏物語 31 真木柱』

さらに複雑なのは式部卿の大北の方は光源氏を恨んでいた。それはよくわからないのだが全母親の敵は、光源氏という感じなのかな。まあ、娘を邪険にされたのも男尊女卑の社会ならではのことなのだが。そして、髭黒大将は姫君とも合わせてもらえず男子だけを連れて帰るのだ。

その原因が自身の内にあると玉鬘は悩むのである。さらに玉鬘はまだ源氏の六条院にいるのだった。通い婚だからか?そのうち、髭黒大将は奪い去り、ますます光源氏とも合うことも出来ないので、光源氏と秘密の和歌のやり取りをしたのだが黒髭大将にバレてしまう。

(光源氏)
思わずに井出の中道隔つとも言はでぞ恋ふる山吹の花
(光源氏の手紙を見た髭黒大将が代わりに返歌を書く)
巣隠れて数にもあらぬかりの子をいづかたにかは取り返すべき

『源氏物語 31 真木柱』

結局髭黒大将の子息を産んだのでめでたいという話でおわるのだった。
一方みなが忘れかけていた近江の君が夕霧と和歌のやり取りをするのだが玉鬘よりもこちらで落ちをさらって行くのは、もしかして影のヒロインは近江の君なのか?

(近江の君)
おきつ舟よるべも波路(なみぢ)にただよはば棹さし寄らむ泊り教へよ
(夕霧)
よるべなみ風の騒がす舟人も思はぬかたに磯づたひせず

『源氏物語 31 真木柱』

積極的にモーションかけたのにあっさり振られていた。

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