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花腐しというよりも、文学腐しかな
『花腐し』 松浦 寿輝(講談社文庫)
希望を失い、にわか地上げ屋となった中年男。路地裏の古アパートに居座る奇妙な男と酒を飲めば、喪失感に満ちた過去へと意識は引き戻される。死んでしまった同棲相手や裏切られた友人。陰陰滅々とした雨の向こう側に、生の熾火は見えるか。第123回芥川賞受賞作。受賞後第一作「ひたひたと」を同時収録。
『ひたひたと』
芥川賞受賞後の第一作目
永井荷風『濹東綺譚』のようでもあるし、泉鏡花の徘徊小説のようでもある。カメラマンの男が「洲崎パラダイス」の跡地を取材しているうちに幼少期の記憶とその色街から出てきたような女と邂逅する。それは夢のようでもあり、走馬灯のように過去と現在を行ったり来たりする時空を超えた彼岸小説のような。川島雄三『洲崎パラダイス赤信号』の映画からヒントを得たのかもしれない。橋の向こうは彼岸(すでに失われた世界)にさまよう小説。
「時間が流れるなんてよく言うけどさ、あれは全部嘘なの。時間っていうのはね、ことごとくその場にとどまっているんです。残留してる。人間の記憶なんていうものはね、その場に現にあるもののことなの。思い出じゃないんだ。イメージでもない。実際に、現実に、今ここにあるもの。それが記憶。」
過去の彼岸(色街)に侵食されていく男の意識というような作品。
『花腐し』
映画『花腐し』を見て原作を読みたくなったのだが、映画とは違っていた。映画の方がセンチメンタルで原作はもう少し観念的な感じなのかと思った。東京をさまようというモチーフがすでに荷風の頃のようではなく、川は暗渠となっている観念世界だった。東京の町は歌舞伎町でも池袋でもネオン輝く夢の島だする平成トーキョーというイメージ(このイメージは2000年代小説)。映画は昭和ノスタルジックすぎたような。
ただその深層に明治や昭和初期のイメージがあるような感じなのか。そういう川が流れているのだが暗渠となってしまっている。雨の東京というと『ブレードランナー』のTOKYOのイメージのような新大久保のコリアン・タウンという感じか。最初は映画のイメージに引っ張られたが「万葉集」の「春されば卯の花腐し我が越えし妹が垣間は荒れにけるかも」のただの原っぱだった東京の頃から色恋沙汰をしていた人間という存在という観念(タンパク質の塊から突然変異する塵という)をイメージさせる。湿気を帯びたモノローグ小説かと思ったらラストの紀伊国屋の本屋で彼女との出合いのシーンが梶井基次郎『檸檬』のような儚さだった。原作はいろいろな文学的幻影が詰まっている感じ。