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「みだれ髪」を襖を隔て額は伏せつつ白百合のきみは何を思ふか

『白百合の崖−山川登美子・歌と恋』『智恵子飛ぶ』 (津村節子自選作品集 2)

明治の早世の女流歌人山川登美子、夫と芸術を高めあった画家高村智恵子。芸術と愛に生きた女性の一生を辿る評伝小説二編。

津村節子は初めて読む作家だった。芥川賞取っているならもう少し注目してもいいだろうが、どちらかと言うと直木賞タイプか?夫が吉村昭ということで興味深い作家ではあるのか。

歌人の山川登美子よりも与謝野鉄幹と鳳晶子(まだ鉄幹と結婚する前)の三角関係を知って助平心に読んでみたが、鉄幹はそれほど悪人として描かれているわけではなかった。むしろ『明星』で女性歌人のプロデュースに頑張っていた人なのだ。それで商品を喰ってしまうのは、確かに某芸能事務所みたいだが、鉄幹がというよりも晶子が精神性よりも肉体派だったのだ。そして山川登美子も精神性というか、鉄幹との相聞歌(恋歌)は短歌上のフィクションとして楽しんでいたようである。むしろ晶子のことを姉さんと言って自分にはない行動力のある女性だと尊敬していたようだった。

鉄幹も教師時代に手を付けた滝野という妻がいて(やっぱ鉄幹は悪い男なのか)滝野は鉄幹の自由恋愛には理解を示していたようだ(西欧の詩人はそんなのばかりだった)それで『明星』の編集者として歌人との仲もそれほど悪くなかったので山川登美子などは滝野了解の元で鉄幹の恋文として短歌を楽しんでいたようである。

しかし、そこに晶子だった。彼女のリアリズムは短歌も肉体派のごとく鉄幹に言い寄っていく。『みだれ髪』なんて、その晶子の性格が良く出た作品だと思うが、最初は鳳晶子だったのだが、与謝野晶子にしてからはさすがにヤバいだろうという歌は改定している。それでもすでに有名になってしまった歌が残っているのだが。

そういうことで晶子が鉄幹に寄り添い、それで滝野とは別れることになったのだが、鉄幹も未練があったらしく暫くは滝野の援助を受けていたとか。

そんなわけで『明星』は売れたらしいのだが売れるとそれをやっかむ者も出てきて「文壇照魔鏡」なるもののスキャンダラス記事(『明星』の悪徳プロデューサー鉄幹というような記事)で女性歌人をたぶらかしていて不貞野郎だということになっていくのである。

山川登美子は短歌だけの疑似恋愛を楽しんでいたので他の男と結婚することになる(これも日本の家族制度の問題なのだが)。そして家のために結婚するのだが夫が結核持ちで死んでしまう。療養生活で実家に戻ったときは夫とも関係が良くなるのだが(初めて夫婦と呼べるような信頼関係になる)、それは病のせいかもしれなかった。そのあとに父親が娘を不幸な結婚をさせてしまったと今度は娘の自由にさせる。そして女子大行って、また短歌に目覚めていくのだが、その頃はすでに与謝野晶子として、鉄幹の子供がいるのだが、貧困生活の二人を見て驚くのだった(4・5年ぶりの再会だった)。

そして晶子は『君死にたまふことなかれ』を書いてまた世間からバッシングされるのだった。バッシングされるほど鉄幹との絆は深まり、それが文学にも生かされていく。そんなときに、山川登美子と与謝野晶子、増田雅子の三人の歌集『恋衣』を出すのだが、晶子は山川登美子にライバル心を燃やすのであった。世間的には控えめの情熱短歌と私が的な晶子の短歌の間に増田雅子の女性三人のそれぞれの個性で話題になるのだ。

さらに悲劇として山川登美子は夫から結核をうつされていたのだ。増田雅子が山川登美子を姉のようにしたい、そういう雰囲気の『明星』だったのだと思うが晶子のキャラが目立っていく。すでに鉄幹の人気を凌ぐスター歌人になっていたのだ。そこからどうしようもないいじけた鉄幹になっていくのだが鉄幹が駄目夫であればあるほど晶子が輝くということなのである。

そんな中にあっても山川登美子に取っては鉄幹は短歌の先生なのである。その師弟愛は晶子の愛欲と比較して書かれているようである。嫉妬する妻の位置に晶子はいるのだった。そんな中で健気な山川登美子は歌い続けて、最後には『明星』も終刊になり、その最後の特集が山川登美子の追悼集であった。山川登美子はアンチな存在として晶子がいたから輝いたのかもしれない。白百合のきみと言われた登美子は「みだれ髪」の晶子の反対側で鉄幹を見つめていた歌人なのである。

髪ながき 少女とうまれ しろ百合に 額は伏せつつ 君をこそ思へ 山川登美子



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