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いま生きていることを詩にする
谷川俊太郎の詩によるリズムの研究。
生きる 谷川俊太郎
生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木漏れ日が眩しいということ
ふっとあるメロディを思いだすということ
くしゃみすること
あなたと手をつなぐこと
いきているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン=シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものであるということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと
いきているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ
生きているということ
いま生きているということ
いま遠くて犬がほえるということ
いま地球が回っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまがすぎてゆくこと
生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたのてのぬくみ
いのちということ (1971年詩集『うつむく青年』)
非常に優しい言葉で書かれているが内容を問われるとなかなか答えが出てこない。それは極めて抽象的なことを詩にしているからだ。ただ読んでいて気持ちがいいのは、詩の内容以上にリズムがいいからだと思う。日本語には韻を踏むというのは名詞切れにならないから難しいという。それならば同じ言葉で結末を揃える。「~ということ」かリズムを生む。
まず詩の基本形起承転結で出来ている。そしてテーマとなる言葉は、繰り返し最初に現れる二行。
生きているということ
いま生きているということ
これがテーマ・メロディ。主旋律というのか?当たり前なことを言っているが、具体的ではない抽象的な概念である。それは「こと」という現象であるから具体的なものではない。
そして、起の章は具体的な「こと」をイメージしていく。そうした「こと」による積み重ねが「生きているということ」という概念を表す。その文末は一定のリズムを生みながら、時間が少しづつずらされながら、最終文で決定的なことを言う。「あなたと手をつなぐこと」。これは殺し文句という奴ですね。
承の部分は、冒頭の「それは」もリズムを生み、そして、続くのは具体的なものの並列。それは「すべての美しいものであるということ」。個人的な感情で「美しいもの」を上げている。趣味が合えばいいが合わないかもしれない。
そして、逆に「かくされた悪を注意深くこばむこと」という「悪」が出てくる。それを「こばむこと」だから意志的な決定なのです。ただ「悪」は人によって違うので、ここでは深入りはしない。
三章は一般的な喜怒哀楽の感情ですね。ただその中でやはり結語の「自由」が一番言いたかったのはないか?それは、「自由」は喜怒哀楽のすべてを含んでいる。
四章はまさにリズムの重奏ですね。最初の「いま」と結末の「こと」がセットになってリズムを生み出し、その間の具体的なイメージが変化していく。そして殺し文句が「いまいまがすぎてゆくこと」と「いま」の重要性が語られる。これは時間論ですね。この章は何よりも経過する上下のリズムが重奏的に重なった瞬間の時間経過を表している。ドラムとベースの重層音にメロディーが乗った感じす。
そして最後の章は壮大な自然が歌われ、最後に個人のあなたの手と結びつく。殺し文句ですね。「いのち」という詩ながら、あなたは殺されてしまった。それが詩=死の怖さでもあります。この場合の「死」は、言葉によって釘付けにされるということです。
何より「うつむく青年」とタイトルされているのがいい。彼の願望ですね。青春ですね。