親の争いに子供は知らんふり
『源氏物語 17 絵合』(翻訳)与謝野晶子( Kindle版)
源氏物語が文字だけではなく絵物語としてエンタメ芸術としてこの世に出たのは紫式部の才能なのかもしれない。絵というまた文学とは違ったものを提示し、その中にはゲーム性もあり現在でも流行るエンタメ要素を含んでいることに驚く。そして最後の判定が光源氏の明石の写生絵だというのもリアリズムであり、『源氏物語』的にはメタフィクションなのだ。そこに紫式部の芸術論も確固たるものがあるように感じる。総合芸術としてのエンタメといえば今は映画だが、その先駆けとも言える芸術を提示したとも言える。それは芸術ではなくエンタメなのだ。
物語は冷泉帝(11歳)に12歳の弘徽殿の女御を入内させていたのは頭の中将(権中納言)であり、これもまた政治的な駆け引きがあるのだ。一方光源氏は、まだ子供らしさが抜けない冷泉帝に大人の女(9歳年上)の元斎宮である梅壺を与える。このへんの強引さは今や権力をほしいままにしている光源氏だから出来ることだが、葵の上との冷めた前例があるにもかかわらず、そんなことお構えなしのどこか人格者なのか?
それでなかなか梅壺には懐かない天皇ではあるがお絵描きには興味があるらしいので「絵合」となった次第である。それをやるのは父親たち(その女御たち)の戦いであるので肝心の子供たちは勝負にはあまり関係ないのだ。
このへんの天皇の年齢のことは調べると面白いというかほとんど現在では考えれないほどの早熟なのだ(橋本治『源氏供養』に詳しい)。だから、最初の妻との関係が上手くいかないということはよくあることらしい。親が決めたことだし、それで相性がいいわけでもないのだった。
絵合には勝ったがその後の展開は、年齢の近い方に愛着を覚えるだろうということだった。だったらこの勝負は何だったんだ?