元書店員の作家が思う、作家が書店回りをする時に気を付けたいこと。
とある書店さんのもとに地元の作家さんが訪れたのだが、ご著作が一冊しかないことにご立腹の上、捨て台詞を吐いてお帰りになられたという書店員さんのツイートに界隈がざわついた。
都内屈指の大型書店で文庫の配架を務めていた私的には、「あるある」だった。同じパターンに遭遇したことはないけれど、対応に困る著者には遭遇したことがある。
私が遭遇した困った例
私が実際に対応したのは、ある本のお問い合わせをされたお客さまが、執拗に売上を聞いてくるというパターンだ。
売上はお客さまにお教えすることができないのでそのようにお断りをして、該当書籍をお探しかなと思い、お持ちしましょうかとお尋ねしたところ、「いらないわよ!」とご立腹して立ち去られた。
該当書籍は自費出版だったのもあり、著者さんが売上が気になってご来店されたのかもしれない。
それにしたって、事情を話してくだされば私もお持ちしようとはしなかったし、お断りされるならもっとやんわりした方が……と思った。
書店員の中で該当書籍とお客さまのお怒りの記憶が結びつくのは、あまり良くない気がする。
他にもお電話で、「○○の著者です。よろしかったらサイン本を作らせて頂けませんか」というお問い合わせを頂戴したこともある。
該当書籍は発売してから何ヵ月も経っており、店内の在庫数は棚差し1冊のみであった。
サイン本に関しては、書店側にメリットだけではなくデメリットも齎す(後述する)。
在庫が少ないこととサイン本が売れるか分からないという状況から、お断りを差し上げることとなった。
こちらは、新刊が出たてほやほやの時にご連絡を頂けていれば、もしかしたら、ご縁に繋がっていたかもしれないという、少し勿体ないパターンだった。
まず、担当編集者さんにご相談を
新刊が出た!
書店回りをしたい!
もし、あなたがそんな作家だとしよう。
お気持ちは大変よくわかる。私も作家の端くれだからだ。私だって、新刊は多くの人にアピールしたい。
だが、直接書店さんに向かう前にまず、担当編集者さんに相談してみてほしい。それで悲劇の九割は回避できる。
版元の方々はノウハウをちゃんと持っているので、大半は極めて適切なアドバイスをくれる。何なら、営業さんから書店回り向けお店リストを共有してもらえるかもしれない。
もし版元さんが同行してくださるというのならば大変幸運だ。あとは全部任せていい。
だが、そんな幸運に恵まれない作家が多いのも事実である(そもそも、版元さんは多忙な身だ)。
それでも書店回りをしたい!
担当編集者さんに、書店回りの協力を断られてしまった!
正直、この時点で書店回りを諦めるのが吉という気もする。それほどまでに、作家一人の書店回りは難易度が高い。
しかし、それを言ったら身も蓋もないだろう、自分はやるんだ!という方のために、この記事に一例を記させて頂く。
といっても、書店さんによって事情は様々で、この記事が必ずしも正解というわけではないとご承知頂きたい。
尚、担当編集者さんに「書店回りはやめてください」と言われたら、素直にやめよう。
強行すれば、あなたと担当さんの信頼関係に亀裂が入ってしまうだろう。
◆アポ取りをしよう
版元さんから書店リストを共有されたのならば、そのリストに書かれた書店さんにご連絡し、アポイントを取ってみよう。
予告なしで来店すると、そもそも本が入荷されていなかったり(同じ地域でも取次によって入荷日がずれることもある)、担当者不在であったり、あなたを案内すべき場所(それは応接室や会議室かもしれないし、段ボールだらけのバックヤードかもしれない)が埋まっていたりする。
書店リストがない場合は、あなたが勝手を知っている行きつけの書店さんがいいかもしれない。そうでなければ、近所の書店さんや大型書店さんだろうか。
いずれにしても、下調べは必要だ。
まずはあなたの著作をどれだけ入荷しているか確認しよう。
この際、実際に現地に赴き、自分の目で確認することをお勧めする。
書店さんの雰囲気や、自分の著作のおおよその扱いがわかるためだ。
お忍びでこっそりと、自分の作品の様子を見に行こう。
平積みか面陳になっていたのなら、あなたは大喜びしてもいい。
肝心なことは、入荷なしや棚差し一冊でも怒らないことだ。
新刊の配本は、書店さんの希望が全て通るわけではない。
どうしても欲しいと懇願しても配本がないこともある。
配本は主に取次さんが決めていることなのだが、取次さんも根拠(販売実績など)をもとに配本しているので、悲しいが仕方のないことでもあるのだ。
因みに、配本がままならないのは大型書店でも同様だ。世知辛い。
さて、入荷なしや棚差しのみであった場合、そのお店にアポを取るのは控えた方がいいだろう。
もし、平積みや面陳などになっていて、ある程度の入荷があることが判明したのなら、書店さんに電話などでアポ取りを試みてもいいかもしれない。
因みに、新刊の寿命は基本的に一ヵ月程度だ(版元の発刊頻度や書店さんの棚事情によって前後する)。
特に発売日から二週間が勝負なので、新刊が発売してからできるだけ早めに書店さんにアプローチをした方がいい。
◆サイン本のデメリット
アポイントを取る際、自分の本を展開していることへのお礼とご挨拶をさせて頂きたい旨などを伝えてみよう。
くれぐれも、「サイン本作りますよ!」と言ってはいけない。
サイン本は書店さんにメリットも齎すが、デメリットも齎すのだ。
書籍の流通事情は特殊で、店頭で売れなかった本は版元に返品していいことになっている。そうやって、入荷と販売と返品を繰り返しながら棚を維持しているのである。
だが、サイン本は返品不可能となってしまうのだ。
サイン本が売れない限り、そのサイン本は書店さんの棚を圧迫し続ける。日々、怒涛の勢いで新刊が発売されており、書店さんの棚には限りがあるのに。
サイン本が売れ残るということは、書店さんの負担になるということなのだ。
売れるジャンルや内容などの傾向は、書店さんによって異なる。
あなたの新刊が、どのくらいのお客さまのお手に取ってもらえるか慎重に考えてから、サイン本の依頼をしたりしなかったりするだろう。
幸いにも「サイン本を書いて頂けますか?」と依頼された際は、小躍りしながら引き受けよう。
◆色紙があっていいかもしれない
さて、あなたは無事にアポ取りができたとしよう。
サイン本の判断は書店さんに委ねるとして、あなたに何ができるだろうか。
平積みや面陳をされているのなら、サイン入り色紙を用意してもいいかもしれない。
大きな色紙だと売り場を圧迫する可能性が高いし、そもそも色紙を支える道具がないかもしれない。
個人的には、121㎜×136㎜くらいのサイズがおススメだ。
ほどよく目立ち、ほどよく売り場を圧迫しない。
サイン入り色紙には、あなたのサインは勿論、お渡しする「お店の名前」と「書名」を添えよう。
更に、「書店さんorお客さま宛の一言」を添えるといい感じだ。
だが、お店によっては什器の関係上、色紙を置くスペースがなかったり、POPやそれに準ずるものを置かないようにしているところもある。逆に、大きな色紙が大歓迎のお店もあるのだ。
先人がどうしているかを確認するためにも、実際に売り場を訪れた方がいいだろう。
確実なのは、事前にお店に聞いてみることだ。
一体、何が正解なのか
結論から言うと、書店の数、なんなら書店員の数、そして、作家と新刊の数だけ正解がある。完璧な正解なんて見つけられないに等しい。
今まで書いたことは、一書店員かつ一作家の体験談からなる小さなアドバイスに過ぎない。
正解を導くのは難しいが、限りなく不正解な行為はわかる。
老婆心ながら、以下に記させて頂くので参考にして頂けると幸いである。
①書店員さんに怒ってはいけない
荷解き、補充、新刊の準備、返品、新刊の陳列、レジ打ち、接客etc…
と頭脳肉体ともども酷使している中、著者対応の優先順位は低い。
著者先生をおもてなしする前に、目の前にある補充と新刊の山を処理し、新聞の切り抜きを片手に途方に暮れているお客様をご案内しなくてはいけないのだ。
もしあなたがアポなしで行って塩対応をされても、怒ったり、SNSで愚痴ったり、店名を曝してはいけない。
過去に店名まで曝した作家さんがいたが、同業者に注意されて削除に至った。
どちらかというと、「SNSでやべーことを書くやつ」というあなたの悪評の方が業界内に広がる可能性が高いため、滅多なことは言わない方がいい。
また、書店員さんは全ての本を読んでいるわけではない(当たり前)ので、あなたの本の感想を聞くのも控えよう。
書店員さんがあなたの著作の話題を振ってきた時だけ応えた方が、気まずい空気にならずに済む。
②生ものを持って行くのは控えよう
せっかくだから、書店員さんに差し入れをしたい!
そう考えて差し入れを持って行こうというあなた。その心がけは素晴らしい。気遣い百億点である。
しかし、差し入れによっては、「有り難いんだけど……」と微妙な空気になることもある。
それは何か。生ものである。
まず、保管場所がない可能性があるし、前述したとおり、書店員さんは多忙なので、保管場所に差し入れを持って行くことすらできない可能性もある。それに、優雅なティータイムを取る時間もないので、重くて足が早い食べ物は避けた方が賢明だ。
差し入れなら、日持ちがして個包装で食べやすいものがいいだろう。
私は絶対外さないド定番の手土産として、ヨックモックの「シガール」を推したい。
③書籍を勝手に移動させてはいけない
あまりにも論外なので書くのもどうかと思ったが、意外とこれをやる人間がいるので念のため記載しておく。
売り場に手を入れることは厳禁オブ厳禁である。
書店員さんは、お客さまのニーズに合わせて売り場を作っているため、書籍の並びにはちゃんと意味があるのだ。
仮に、あなた的に自著の陳列場所が気に食わなくても、実はお客さまにとって最も手に取りやすい位置かもしれない。
また、恐ろしいことに、お客さまに買って欲しい本を目立たせるため、平積みになっている別の書籍の上に、該当書籍を置いてしまう人がいる。
これは、やったことがあるという人にも遭遇しているし、実際に私が担当した棚でもやられていた。
絶対にダメである。
公衆の面前でうっかり発言してしまったことがあったが、磔刑ものだ。
書店員さんは自分の担当の棚をよく記憶しているし、不自然な本は即座に取り除かれる。
そもそも、平積みにしている本は売れ筋や新刊などなので、隠されてしまった本の売り上げが落ちるというのも由々しき事態だ。
前述したように、私は、ある書籍が平積みの他の本の上にたびたび載せられているという事態に遭遇した。
何度取り除いても繰り返されるので、該当書籍を返品せざるを得なくなったことがある(直近の売り上げ実績もなかったので)。
目立たせようと思ったものの逆に返品されるという事態を避けるために、売り場に触るのは絶対にやめよう。
ひとまず、駄目な例を挙げてみたが、まだまだあるかもしれないので、思い出した時に追記していこうと思う。
以上を踏まえつつ、社会人としての常識を以って書店回りに臨むといいだろう。
最後に
長々と書いてしまったが、ここに書いてあることが正解とは限らない。
飽くまでも一例なので、全書店さんがこうではないということをご承知おき願いたい。
繰り返してしまうが、版元さん同行のスタイルが最適解だ。
彼らは訪問すべき書店さんをピックアップできるし、書店回りの仕方も熟知している。
しかし、そのご縁に恵まれなかった作家さんと、訪問先の書店さんが少しでも上手く行くことを願っているし、この記事が一助となれば幸いである。
それにしても、「そもそも作家が書店回りをする必要があるのか」を疑問に思われている方もいるだろう。
答えは、「(依頼がない限りは)そんなことしなくてもいい」である(2023.2.5現在)
あなたが小説家なら、小説を書くのが仕事だ。
最も優先すべきことは、素晴らしい新作を書いて締め切りまでに担当編集さんのもとに提出することだろう。
爆売れ作家であれば、版元さんから書店回りの提案や大量のサイン本の依頼が来る可能性が高い。
安全に書店回りをするには、まず爆売れする作品を作るというのが最も近道なのかもしれない。
自著『稲荷書店きつね堂』シリーズでは、書店の流通の話に触れている。
興味がある方はお手に取って頂けると幸いである。