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【日記】胃腸炎明けのリゾット
胃腸炎になって、軽症だったこともあって、何か食べないと逆に倒れてしまうと必死に食べ物を口に運んでいた。
食べれそう、と思うのは柔くて油っぽくないふわふわのもので、そういうのでコンビニに売ってるのは大概甘いものだった。プリンとか、蒸しパンとか。
そういうのばかり最初は口にしていたが、徐々にしょっぱい物が食べたくて仕方が無くなった。
レトルトのお粥はふつうに美味しかった。でもふつうだった。特筆するべきところはない。具合悪くて食べれるものが限られているのだから諦めろ言ってしまえばそれまでだけれども、生憎口に入る物に妥協したくないと駄々をこねるくらいご飯を食べるのが好きだった。美味しいご飯をたくさん食べさせて育ててくれた母のおかげだろう。
だが今は一人暮らしだ。実家はすぐ帰れる距離だけど、ウイルスを持っているかもしれない状態で帰りたくない。これで両親が胃腸炎になった日には今度は罪悪感で胃に穴が空く。
まだ症状が悪化しておらず体力が残ってた時期には自分で雑炊を作って食べた。あれはとても美味しかった。顆粒の出汁と麺汁で味付けしたシンプルな卵雑炊だったけれど、じんわりと体に染みた。
思い出したら食べたくなってきた。やはり自炊するのが一番好みみたいだ。
今朝頑張って皿を洗った。水に浸けておきたいのもあって全部は洗っていないが、当初の惨状よりはマシになった。キッチンの準備もできている。
これはもう、料理をするしかない。
仕事から帰ってすぐに座るまもなくコンロの前に立った。
昼休みのうちに予習しておいた「プロ直伝!」なメニューを実行する。
つくるのはリゾットだ。
まず生米をオリーブオイルで炒める。そこに熱々のブイヨンを入れて炊いていく。
まずこのブイヨンとやらが壁として立ち塞がった。でもどっかでコンソメで代用できると聞いたのを思い出して、あちあちのコンソメ溶かし液を作って鍋に少量注ぐ。
蟹の巣みたいな穴が米に空いたらまたブイヨンを注ぐという指示に従って二十分。蟹の巣は一般常識なんだろうか、写真がなかったら私はわからなかったやと世間と自分のずれに不安を感じながら待つ。
そんな私をよそに、くつくつと煮える鍋は金色に光った白だ。熱と光が流れる道筋がうっすらと透き通る。
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タイマーがなって指示通り一口味見。少し固めがアルデンテとか書いてあるから火を止めてみる。これでいいのやら。
切れてることに感謝しながらバターをひとかけ。パルメザンチーズなんてないからとろけるスライスチーズを一枚。なんかおいしそうだからクレイジーソルトを少々。
プロの直伝のかいもなく、もう我流がだいぶ強い。
それでもよく洗われた有田焼の皿にそっとよそわれ、ブラックペッパーなんかかけられて、リゾットはちゃんと「リゾット然」としていた。米の粒がある。私がギャグのようにつくる冷凍ご飯の洋風雑炊とは訳が違う。
サラダと枇杷も付けて、久しぶりに自分で自分のために作ったご飯をいただいた。
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美味しい。出汁の味がする。これがブイヨン、いや違う。
誰ともしゃべらない食卓。ひとり自分で作ったごはんを食べる。
このおいしさを誰とも共有できないのは物足りなかった。やっぱり少し芯が残った米を誰かと笑いたかった。でも、それを全部ひとりで噛み締めて飲み込む。寂しくも悲しくもなかったけれど、どこまでも感情が壁打ちで戻ってくる。意外性のないゆりかご。
夕方の暗い部屋のレース越しに、まだ冴えた青空が見える。祭りの稽古の太鼓がこだまする。
明日誰かに会えると分かっているから、淡々とこの空を見上げれる。
ラジオをつけた。大好きな作家さんのラジオを聞く。
リゾットはとても美味しくておかわりまでした。