夜光虫
わたしは夜光虫
わたしは夜に泣く
遠い海のしおざい
行ったことのない
見知らぬ街のざわめき
さびた駅の
プラットホームのしずけさ
薄暗いはだか電球のひかり
遠い海のしおざいが
ふと聴こえた気がするのは
人はそれだけ
行ったはずのない街の
駅の待合室のかべのにおいや
暮らしたはずのない
時の風景うかんでくるのは
あいしたはずのない
誰かの胸の中に
ふとやっぱり
なつかしさを見つけ出して
しまうことは
それだけ人が
人といういきものが
どれだけかどれほどに
かなしい生物
せいぶつであったかを物語る
しずかに歳月を越え
いくつものかなしみを越えて
それを物語るのはいつの世も
海のしおざいと銀河のまたたき
気付かなかった
幸せでいた昨日までなら
気付くこともなかったし
また気付かなくとも生きてゆけた
この世の夜のやみに
またたく光という光
すべてのたとえば
吉原のネオンライトも
海岸線に沿って浮かぶ家々の灯りも
空にまたたく銀河の星も、みな
この夜のやみに
またたくものはすべて
あれは光ではなく
なみだ
涙、だったのだと
気付かなかった
わたしは夜光虫
わたしはこの夜に泣く
このすべての夜に
このすべての
夜とともに涙する
生命のまたたきとともに
わたしはこの夜に
この夜を泣き
そしてやっぱりわたしは
遠い海のしおざい、なつかしむ
行ったはずのない
街のざわめき、なつかしむ
生きたはずのない
時のにおいを
そして
あいしたはずのない
あなたのぬくもり
なつかしんでしまいます
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