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(詩)夏の記憶

あの日枯葉剤をあびながら
ナパーム弾の中を手をつなぎ
裸で逃げ回った、ぼくたちの夏

あれから時は流れ
ふたりは結婚し
きみはぼくたちの、子供を産んだ

そしてその子は今
小児病棟の
ホルマリンの中で眠っている
やすらかに

遠い夏の日この大地の中で
いったい何が行われたかを語る
ひとりの生命いのちとして
おそらくは永久に、眠り続ける
そのホルマリンの中で

ぼくたちがいなくなったあとにも
いくせんの人々に
そのことを語り続けながら


失われたぼくたちの夏
奪われたぼくたちのほほえみ
やっと少しだけふくらみかけた
きみの胸のかわいらしさを
まぶしそうに見ていた少年のぼくと
ぼくが少しでも
他の女の子と口をきいただけで
やきもちをやいた少女のきみ

そんなぼくたちの夏
永久にうしなった、
ぼくたちの夢

けれどまた
この世界に国に街に
ジャングルに海に河に
夏はやってくる
それでも夏はめぐり来て

夏がくるたびぼくは
とりつかれたように
あの日失った
ぼくたちの夏をさがそうとして
狂ったようにジャングルを駆け回り

きみはきみで
今でも怖い夢にうなされては
真夜中に悲鳴をあげた

そんな時ぼくは
おびえるきみの
もうしわくちゃになった
その手を
力いっぱい握り締める
力いっぱい、そう
ふたりで逃げ回った
あの夏の日のように

そしてやさしく語りかける
きみが再び眠りにつくまで

何度も何度も
語りかけるんだ
「おまえは、何も、わるくない」と


あの日枯葉剤をあびながら
ナパーム弾の中を手をつなぎ
裸で逃げ回った、ぼくたちの夏

そしてまた
夏はやってくる

せまい標本の
ビンの中で眠る
あの子にも
夏はやってくる

それでも時より
まぶしい夏の日差しが
あの子の体に差し込む時
一瞬
笑ったような表情を
見せてくれることもあるだろう

おとうさん、おかあさん、と
ぼくたちに、笑いかけるように
いつまでも、いつまでも
ぼくたちにやさしく
いつまでも、いつまでも

傷ついたぼくたちを
かばうように


※アメリカがベトナム戦争で使った枯葉剤による、奇形児の悲劇。偉そうに正義の味方面してるけど、アメリカなんていつも、悪いことばっかやって来たんですよ。って今もか……。

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