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サタデーナイトフィーバー?(ショートショート)
「さくちゃん、ボックス席空いてる!」
久々の電車での旅に気がはやる。
「あんたねぇ、ここは田舎なの。そんなに急いで席取りする人いないよ?これだから都会のネズミは」
そんなさくちゃんの小言は無視して、ボックス席に腰を沈める。
私は進行方向を向いて座るのが好きだ。
きっとさくちゃんは、どちらでも構わないのだろう。
「ねぇ、例の人とはどうなったの」
あの雨の日から、さくちゃんはしばらく姿を消していた。
“自由になって明るいところを堂々と歩く”と宣言したさくちゃんが、そのパートナーに選んだ相手とは一体どうなったのか、気になる。
「んー」
さくちゃんはぼんやり窓の外を眺めている。
「恋愛なんてのはね、何か一つでも得るものがあれば、それでいい。
実らなかった恋は悲しい。だけどあたしは、たった一粒、それこそ野山の木苺より小さな実を、あの恋で実らせたの」
私は、さくちゃんのガッチリとした大きな体に実った、一粒の木苺を想像する。
「そんなんでいいんだ」
「いいも悪いもないのよ」
知ったかぶって。まるで恋多き女みたいだ。
電車は茶畑を通過する。
「あたしねぇ、茶畑って大好き。お抹茶の生チョコレートに見えるのよね」
「さくちゃんがそんなこと言うから、なんかチョコレート食べたくなっちゃったよ」
私は駅の売店で買った、チョコレートでコーティングされた棒状のクッキーを取り出して、さくちゃんに差し出した。さくちゃんは少し首を伸ばして袋の中を覗くと
「あらぁ、そんな細長いの、興味ないわ」
といって、自分の方でもがさごそと何やら取り出そうとしている。
「あたしは断然、これね」
「なんだ、マーブルチョコじゃん」
さくちゃんはマーブルチョコをほいっと、空中に放った。それを口でキャッチしていく姿は、巨大な池の鯉のよう。
「あたしはね、カラフルな人生を生きるの」
そう言って投げた赤いマーブルチョコは、さくちゃんの頭の上にある荷物置きにカツンと当たって勢いよく跳ね返った。チョコは、さくちゃんの顔面を直撃すると、通路に落ちてころころと転がっていく。
電車はちょうど駅に着き、降りる数名の客がドアの前に集まって来ていた。
勢いよく転がる一粒のマーブルチョコにさくちゃんが追いつくより早く、それを拾い上げる人がいた。
「あ」
顔をあげたさくちゃんが大きすぎて、その人を覆い尽くしてしまったから、私の席からはよく見えなかったけれど、マーブルチョコを手渡されたさくちゃんが、軽く身震いしたのがわかった。
「さくちゃん?ほら、早く座りなよ」
さくちゃんは私の言葉を無視して、チョコを手渡して降りていった人を目で追っている。
「ねぇ、さくちゃんってば」
私がもう一度声をかけると同時に、さくちゃんは振り返って、赤いマーブルチョコを私に向かって投げた。
「ちょっと、さくちゃん!」
さくちゃんはそのままの勢いで電車を降りてしまった。
「さくちゃん、なにしてんのよ!」
さくちゃんは振り向かない。答える代わりに、人差し指を天に向け、大きく足を開いて立つと、腰を片方にくねらせて止まった。不自然な形で首だけこちらに向けたさくちゃんは
「全ては、タイミングよ!!」
そう叫ぶとホームを駆けていく。
「なにそのポーズ。トラボルタかよ」
なんだか悔しい。だけど、あの雨の日に姿を消したときの、パワフルなさくちゃんが復活したようで、正直嬉しくもあった。
さくちゃんが座っていた座席のシートは、さくちゃんの重みで沈んだまま、いなくなったさくちゃんの気配だけ漂わせている。
「何やってんだか」
手の中のマーブルチョコはコーティングが溶けて、私の手を赤く染めていた。
“カラフルな人生を生きる”と言ってかけて行ったさくちゃんが私に残した鮮やかな赤色。私はそれを丁寧にティシュで拭い、さくちゃんが置いていったバッグの外ポケットに押し込んだ。
[完]