ないものはなく、狼。
動物で例えると、キツネとか狼で。
切れ長の大きな三白眼と肩まで伸びた黒髪、鼻がちょっぴり高くて、背は低い。フレアスカートに真っ白なスニーカーを履いていて、いつもツーサイズ大きいパーカーを着ていた。
低い声と乱暴な口調で、そこに「彼氏の前でだけ甘える」なんてギャップがあればモテるのだろうけれど、そんなものはなく、ずっと、淡々と口が悪かった。
手なんか繋がないし、そもそも繋ぎたいとか、くっつきたいとか思ったこともない。僕がどんなに好きになっても決してそれを受け取らないのがとても心地よくて、でも彼女は僕と一定の距離を保ちながらどこか僕を特別扱いしていて、それはまるで群れをはぐれた狼が人間に懐いているようだった。
ないものはなく、彼女の中にないものは彼女の中に初めから存在しないし、それに理解や共感を得ることなど不毛な話であった。
彼女に欠落(というと言い方が悪いが)したパーツは、僕にとっては数少ない拠り所であり、そんな僕にもまた、本来備わるはずだったものが欠落していて、そのせいで彼女に出会うまで随分と人を傷つけたし自分のことを好きになれなかった。
彼女も彼女で随分と苦しんでいたようで、僕にその秘密を打ち明けたときはあっけらかんとしていたものの、その中身はあまりにもヘビーで言葉を失った。彼女は彼女に内在する問題に対して現実世界に訴えかけ、解決に取り組んでいた。なぜ自分にはそれがないのか、どうすればそれを得られるのか、答えを探している間に随分と自分を傷つけ、また、絶望していた。
僕もまた、同じようにしてきたし、傷の舐め合いのようなことをしたこともあった。
結局、20を過ぎるまで解決できず、僕らは出会い、それはまるでどれだけ探しても見つからなかったパズルのピースがソファの隙間に長い間挟まっていたみたいで、発見してからはすんなり完成し(少なくとも今のうちは)、互いの、その、欠陥品を大事にし合っている。
彼女は心を開いているかいないかわからないし、僕としてもそちらの方が都合が良く、彼女もまた、僕のそれに対しては寛容で、むしろありがたがった。「そんな奴がいるとは思わなかったし、返さなくていいのはとても楽だ」と笑った。彼女は滅多に笑わないのでよっぽどなんだと、一緒にいるようになってしばらくしてから思った。
僕はボールを投げ続けるけれど、それは彼女のいる世界には届かない。まるで次元が異なる世界に重なり合っているようで、僕が投げるそのボールは彼女の世界にない物質で構成されているため、彼女はそれを認知することはできない。
互いの世界に存在しない物質が、「ないことがありがたい」というある種、奇妙なバランスが僕らを成立させていた。