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魔女修行 ―簡単なことをやり続けること― /「西の魔女が死んだ」 梨木香歩さん

梨木香歩さんの処女作「西の魔女が死んだ」は、河合隼雄さんに見出され出版、のちに映画化もされた有名な作品です。
わたしもこの作品に感動しました。わたしは、自分の心に強く深く響いた本とは、長くお付き合いしたいと思っています。
そうした本との出会いを、その一冊一冊との読書体験を、大切にしたい。

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この作品の次に、梨木さんのエッセイ「春になったら苺を摘みに」「ぐるりのこと」を読み始めたのですが、とても驚きました。
梨木さんは、聡明で思慮深い女性だろうとは予想していましたが、その思考運動が、烈しい!その静かな烈しさ、その持続力に圧倒されました。

梨木さんは、日常を深く生き抜くこと――立ち止まって、深く長く考え続けることを厭わない人。
特に「ぐるりのこと」では、手で触り、目で確かめ、皮膚で感じ取ったものを自分の内側に帰納していく、その「生活の場」での積み重ねを基点に、世界へ踏み出していく、それが自分で「確からしさ」を掴んでいくプロセスである、という。そして、生きて出会う様々なことを、一つ一つ丁寧に味わいたい、味わいながら、考えの蔓を伸ばしてゆきたいと。

当てにならないが、不思議な魔力を持つ「言葉」に対する真摯な姿勢が、梨木さんの作品にも表れていると感じますね。
自分の仕事は、「物語」という一枚の布を織りあげることである。言葉の持つ諸刃の剣の性質を踏まえて、「本当に伝えたいこと」を、どう言葉に乗せて伝えていくのか
梨木さんの、こうした透徹した烈しい思考運動がエネルギーとなって、その時々の色彩を放つ糸を、一つ一つ丁寧に物語に織り込こんでいくのでしょうね。
「ぐるりのこと」を読んで、自分自身の日常との向き合い方を振り返り、反省しました。恥ずかしい。。

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こうして、長いお付き合いになる作家さんですが、
個人的には、「家守綺譚」とその続編「冬虫冬草」が、彼女の独特の個性、魅力が最大限に活かされている作品ではないかと感じます。

この作品の舞台は、約100年前の京都から滋賀の琵琶湖周辺なのですが、あの土地の持つ独特の空気感、雰囲気がとてもよく描かれているのですよね。
自然と人間の生活とのほどよい融合感、死者や異界との風流でコミカルな交流など、読み手の感性が拓かれていく感じがします。

以前わたしは京都市に住んでいたことがあり、特に琵琶湖は好きな場所。この作品を読むと、その情景や土地感がよみがえってくるのです。
どことなく感じる懐かしさは、日本人の心に通底する原風景を喚起させるのかもしれません。
また、画家の鏑木清方(1878―1972)の随筆集に通じるものがあると感じました。

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実を言うと、一番好きな作品は「月と潮騒」(丹生都比売 梨木香歩作品集に収載)という短編です。正直、ピンポイントで読者を選ぶ作品と思います。わたしは見事に射抜かれました(笑)。

冷蔵庫の中から潮騒の音が聞こえるという、なんとも不思議な短いお話。
タイトルの「月」「潮騒」という言葉自体、日本人には深いメタファーですね。海に囲まれた日本。月の満ち欠けと潮汐。

わたしの地元が海岸の小さな町というのもあり、海の波の音、好きですね。
慣れない人は、夜、海波の音が耳障りで眠れないかもしれませんが。
また、朗読に合う作品と感じました。声に出して読むと、また不思議な感覚を覚えるような(ひそかに朗読を練習してます)。

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梨木さんの作品を読んでいくうちに、梨木さんの代表作「西の魔女が死んだ」と、初エッセイ「春になったら苺を摘みに」は関連が深いように感じてきました。

このエッセイは、梨木さんのイギリス留学時代に、ウェスト夫人の家での下宿生活と、そこで出会い関係したさまざまな人々との交流を中心に描かれたものです。このウェスト夫人は、梨木さんのプロフィールにある児童文学者ベティ・モーガン・ボーエンと同一人物です。

このエッセイからは、児童文学者のウェスト夫人の生き方――「徹底した光の人」という博愛精神を貫く生き方、いきる姿勢に感化され薫陶を受けつつ、同時に、自分という個を、日本人というルーツを問い直し思索し、旅を続けるという、一人の内的な成長過程の記録、とも受け取れました。
それが、処女作の「西の魔女」と「東の魔女」との関係性に通じるもの――別の形での、イギリスと日本をつなぐ物語。そのようなつながりとしても、エッセイを読んで感じられました。

そのつながりも加味しながら、「西の魔女が死んだ」の感想を綴りたいと思います。

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魔女修行 

学校を休んでいる主人公まいが、イギリス人のおばあちゃんのもとに預けられ、一緒に暮らし始めます。
不規則な生活、不安定な精神状態のまい。このままではいけないと漠然と思いつつも、具体的な行動に結びつかない。ある日、おばあちゃんの家系は代々魔女の血が流れているという話を聞き、まいは興味を示します。そして、おばあちゃんに魔女になるための修行をお願いをします。

<魔女の基礎トレーニング>
 ①規則正しい生活。早寝早起き、食べる、運動する。
 ②自分で決めること。最後までやり遂げること。
 ③自分で見ようと決めたものを、見ることができるようになること。
  (一流の魔女は自覚なく能力を行使しない。)

①の「規則正しい生活」と聞いた時、「そんな簡単なことなの?」とまいの期待外れの反応に、
「簡単なことですか? まいにとっては難しいのではないかしら?」と、おばあちゃんは、まいの現実に目を向けさせます。「簡単なこと」は「やさしいこと」とは限りません。

こういう「導き手」は必要ですよね。目に見える華やかな部分は氷山の一角であり、地道で基礎的な鍛錬の積み重ねによって支えられています。
まず、簡単そうなことは、もっとも根幹の部分であるということに、気づかせること。

この②③の修行も、まいは、おばあちゃんとのお別れの後も黙々と続けていきます。そして、続編「渡りの一日」の物語では、まいの友人ショウコに、まいの決めたことを必ずやり通す姿は、まるで「魔法」をかけたように、事態の方がまい側に好転するかのように見える、と不思議に思われるくらいに。
まいは、おばあちゃんとの糸が途切れないように、ずっと続けていきます。


やがて、2人に「別れ」がやってきます。
まいは両親の元に帰り学校に行く決意をする。丁度この時期に、2人の関係に亀裂が生じる「アクシデント」が生じます。

河合隼雄さんいわく、関係が深まっていく中でのアクシデントは、フィクションで盛り上げるためのお決まりのパターンというより、現実で起こりやすいパターンだ、といわれます。

アクシデントによって、関係性に何らかの調整が入る。ここで、より強まるか破壊するかは、お互いの意識次第、成長の度合いに依るということでしょう。

また、思春期特有の傷つきやすさに加えて、まいの心の奥では、いつまでもここにいる訳にはいかない、自分の課題と向き合おうとする意志も芽生え始めてきたのかもしれませんね。こうしたまいの内界の変化とも、微妙に関連していることもあるでしょう。
気まずい別れとなりましたが、魔女修行は続けていきます。

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死別を乗り越えること

「おばあちゃん大好き」――「アイ・ノウ」という、まいとおばあちゃんの微笑ましい応答ですが、
これは、エッセイ「春になったら苺を摘みに」を読んでいると、ウェスト夫人や親しい友人との信頼関係で成り立つ会話は、きっとこんな感じだったのかなと推測しました。
例えば、うれしいサプライズに「ありがとう」と伝えると、「あなたが(私の好意を)よろこんでくれることは、わかっていたのよ」と相手も満足そうに、うれしくその言葉を受けとめるみたいに。

エッセイを読み返す度に、ウェスト夫人と梨木さんの関係性の深さを感じます。特に、胸にぐっとくるのは、ウェスト夫人の手紙の言葉です。タイトルにあるキーワードの言葉が綴られています。

――ああ、こういうことがすべてうまく収まって、また一緒にお茶が飲めたらどんなにいいでしょう。
わたしは左肩にドリスを、右肩にはこの間亡くなったマーガレットを乗せているわ。あなたの大好きなロビンも、きっと何代のロビンたちを引き連れてクッキングアップルの木の下で歌うでしょう。
いつものようにドライブにでも行きましょう。春になったら、苺を摘みに。それから水仙やブルーベリーが咲き乱れる、あの川べりに。

わたしたちはそういうことを毎年続けてきたのです。毎年続けていくのです――

こんな風に、いとおしく大切に思い出す回想の中に、自分の存在が入っていることは、なんて嬉しいことなのだろう。こういう、愛情を込めて書かれた手紙を受け取れることは、なんて素敵で、しあわせなことなのだろう。。

血縁関係以外で、お互いに信頼し合い、深い部分でつながりを感じることができる関係が築けるということが、やはりすごい――人種、文化の壁を越えて、支え合えること。

一方で、人生は有限。避けられない死別のことを考えると、わたしなら、このような大切な存在との別れによって、精神的に大打撃を受けるだろう。「泣く」という浄化行為も、しばらくは無理かもしれない――

そんな時、「西の魔女が死んだ」という作品は、わたしたちを勇気づけてくれる物語、ファンタジーではないでしょうか。梨木さん自身にとっても。

残された者は、主人公まいのように、おばあちゃん―西の魔女との約束を、黙々と粛々と果していく、それが自身の励ましになっていくと思うのです。

わたしも、このファンタジーに励まされながら、ずっと、魔女修行を続けていと思います。見守られながら。ずっと。

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・oracle card
Spirit messages daily guidance oracle deck   /  John Holland

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