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小説『ポーク・マミーの子守歌』(2340文字)

 宇宙にも豚がいるらしい。宇宙豚と俗に呼ばれる彼らは、地球で飼育されている豚によく似ているが、決定的な違いがあった。それは、彼らの体毛がすべて金色であることだ。金色の毛並みを持つ動物など、地球のどこを探してもいないだろう。

 しかも宇宙豚は、地球上のどの家畜よりも賢く、人語を解するという。
 と、そういう話を私は、宇宙豚本人から聞かされたのだった。
 
「で、あなたがその宇宙豚ってわけ」
「はい、そうです。今日はお願いがあって参りました」
「お願い」
「我々宇宙豚をですね、ポークソテーにして欲しいのです」
 
 私は、宇宙豚の言葉を聞いて首を傾げた。それはつまり、死にたいということか?
 
「死にたいというわけではないのです。ただ我々は、もうこれ以上生きる意味がないと思いまして……」
 
 なるほど、そういうことか。私にはよくわからないけれど、この宇宙豚たちは絶望しているようだ。
 しかし、ポークソテーとはいったいなにごとなのか? 他の料理ではダメなのだろうか?
 
「ええと、もちろん、あなたのおっしゃる通り、我々は死ぬつもりです。でもポークソテーなら、我々の命を絶つことができるんです」

 宇宙豚の説明によると、豚肉というのはもともと生命力が強いらしく、焼いても煮ても揚げても死なないのだという。そんな馬鹿な話があるものかと思ったが、実際に目の前にいるのだから仕方がなかった。
 そこでポークソテーだ。肉を焼いて食べるという行為は、それ自体がひとつの魔術なのだそうだ。その行為によって得られるエネルギーこそが、宇宙豚の命そのものだという。
 宇宙豚たちが、なぜそのような結論に至ったのかは不明だが、どうやら彼らなりの哲学があるようだった。

「いいでしょう。ポークソテーは得意だし。でもその前に、ちょっと散歩をしない?」
「もちろんかまいませんが……」
 
 私と宇宙豚は並んで町を歩く。
 しばらくすると、公園が見えてきた。
 私たちは公園に入り、芝生の上に腰をおろす。
 そして私は、いつものようにギターを取り出した。
 私は歌を歌う。いつの間にか公園は宇宙豚で埋め尽くされていた。
 
「次はね、国立科学博物館に行きましょう。ずっと行きたかったから」
「もちろんかまいませんが、いつ我々をポークソテーにしてくれるのでしょう」
「そうねえ」
 
 私たちは電車で上野駅に向かい、そこから徒歩で国立科学博物館を目指した。
 宇宙豚は私のとなりを歩いている。
 途中にある喫茶店に入ると、私は宇宙豚に向かってこう言った。
 この世でもっとも美味しいものはなんだと思う? 答えは簡単よ。ポークソテー。
 宇宙豚は不思議そうな顔をして私を見た。
 やがて私たちの前に国立科学博物館が現れる。
 館内には誰もいなかった。
 私と宇宙豚は展示室を見て回る。
 そして最後にたどり着いたのは、かつて地球に墜落した宇宙船らしきものの残骸だった。
 
「これは!」
 
 宇宙豚たちは目の前のものに心当たりがあるらしく、ぶうぶうと鳴いて動揺を表した。
 
「これは——我々の母船です! どうしてこんなところに!?」

 宇宙豚たちにとってそれは驚くべき事実であったようで、彼らはみな一様に驚きの声を上げた。
 
「宇宙豚たち、よく聞いて。この宇宙船はね、今から約五億年前に太陽系内に現れたの。当時の人類が発見したときには、すでに老朽化していたらしいわ。それでもなんとか修理をして持ちこたえたんだけど、最終的には燃料切れを起こして地球に落ちてしまったのね」

 私がそこまで言うと、宇宙豚たちは一様に息を呑んだ。
 彼らの瞳からは涙がこぼれ落ちている。
 宇宙豚たちの悲しみに満ちた鳴き声を聞きながら、私は宇宙船のハッチを開ける。中は暗くてよく見えないが、おそらく居住空間だろうと思われた。
 宇宙豚たちに指示を出して船内に入る。そこには、壊れかけた機械類が転がっていた。
 私はそれらを見ながら、宇宙豚に話しかける。
 あなたたちのお母さんってどんな人だったの? 宇宙豚たちは口々に答える。

「美しい女性でした。知的で聡明な人でした。優しく微笑む人でもありました。我々はみんな彼女のことを愛しておりました」
「へえー、素敵な人だったのね」

 宇宙豚たちは一斉にうなずく。

「では、あなたのお母さんの名前はなんていうの?」

 宇宙豚たちが声を合わせて答える。

「ポーク・マミー! ポーク・マミーだって! なんだかおかしな名前ね。でも響きは悪くないと思うけど」

 私は笑う。宇宙豚たちも笑った。
「お母さんは、この場所で育ったに違いないわ。きっとそうよね?」
 宇宙豚たちが同時にうなずいた。
 私は宇宙船の内部を見回す。
 すると奥の方に見覚えのある物体を見つけた。
 それは卵のようなカプセルだった。
 私は駆け寄ってそれを手に取る。

 それはとても軽く、中になにも入っていないように見えたが、私にはそれがただの容器ではないことがわかった。
 なぜならば、その中には宇宙豚の赤ちゃんが入っていたからだ。
 宇宙豚の赤ちゃんは、ぷくぷくと太っており、まるで宇宙豚をそのまま小さくしたような姿をしている。
 宇宙豚たちは、その子を見つけると、一斉に泣き始めた。
 それは喜びの感情によるものらしく、嬉しそうにぶひぶひと泣いている。
 私は宇宙豚のお母さんになったのだ。

 その日から、私と宇宙豚の共同生活が始まった。
 毎日、私は宇宙豚たちを焼き、煮込み、揚げ、そして塩コショウを振りかけて食べる。

 そのたびに、宇宙豚は喜んでくれる。
 私も宇宙豚も、そのことがとても嬉しい。
 私は宇宙豚のために歌い続ける。
 宇宙豚のお母さんとして、しっかりと務めを果たさなければならない。
 だから私は歌う。

 宇宙豚と一緒に、いつまでも、どこまでも。
 
 〈了〉

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