聞こえているんだよ
私は看護師人生の中で、最高108キロの患者様を支えた事があります。
一番最初にその方に出会ったのは東京に出てきてから働いた病院になります。そこは脳神経外科の手術を終えてリハビリが中心の場所でしたので、基本「高次脳機能障害」というものと戦いになります。
私が担当した患者様たちには『鬼が来た』といつも恐れられました。
ですが、鬼にもならねば患者様は元の生活まで自立できません。何人か後遺症が酷く社会復帰が絶望とまで言われた方を無事に社会復帰させております。これだけは自慢です!!
一番頑張ったのはお店経営しているおじいちゃんを店番できるまで復活させたことと、IT関係のお仕事をされていた方が再びパソコンで仕事を出来るまで(片手ですが)復活させたこと。
最後の最後まで鬼と恐れられましたが、後に退院した患者様から「あんただからここまで動けるようになった」と感謝されました。まあ、私の組み立てた退院までの入念なプログラムは、本当に本当にかなり鬼だったんですけど。
そして今回触れるのは(私の担当ではないのですが)とある病室にいる108キロの患者様です。いつもベッドで寝ているだけの生活で、実はずっと気になっておりました。
この方は身よりが無いとの事で、親戚はかなり遠いという情報までは得ていたのですが、結局身よりがないから関東圏内の施設では引き受けてもらえず、他スタッフからはでかいし重いしでお風呂介助も煙がられておりました。だって移動にスタッフ5~6人使うんだよ。
私もぶっちゃけデブなので、この方の扱い、みんなとにかくヒドイし、愚痴が聞こえるだけで胸がいたい。何とかならないもんかとよくPTさんとしゃべったのがきっかけです。
本来ならば、他の患者さんと同じく車椅子押して外のお散歩をして刺激を与えたいと。なんだよ、そんな簡単なことか。よし、葵さんが人肌脱ごうじゃないか。
PTさん「え、葵さん……〇〇さん、108キロっすよ」
私「体重なんて関係ない。これでもコーヒー缶3ケース余裕で持ってるんだからいけるでしょ」
男のPTさんと私だけでこの方を抱えるんです。はっきり言います。脳のダメージを受けており全身寝たきり状態のこの方は108キロと言われてましたが、体感は倍ですね(遠い目)
おおおおおおおおおおおおお!?
こ、腰がチヌ。
でも、私は末期癌呼吸器専攻で若かりし頃働いていたので、どうしてもこう、言葉を発さないからとその方だけそんな天井だけを見つめる人生にはしたくない!!!
思い出せ、新人の頃、医者に動かすのは無理と言われていた患者さんをどうにかベッドごと向きを変えて窓の外を見せたあの日を。天井しか見ていなかった患者さんの涙を。私がやらなきゃ誰がやるんだ!
正直な話ですが、両手がもげるかと思いました。
そりゃ、普段6人で並行移動(ストレッチャー)しかしない方を、男性とは言えPTのあんちゃんと二人っきりで動かすんですよ。いくらボディメカニクス屈指してもしんどいわ。
初日頑張ってくれたこのPTさんはイケメン君(悔しい事にあの病院のPTは8割イケメンやった)でしたので、私は全く苦ではなかったですよ。
無事に〇〇さんを車椅子に乗せてリハビリに行くPTさん。勿論、私は部屋担当でもこの患者様の支援担当でもないので、単純にその日の部屋持ちになるといつもリハビリの方に呼び出しされるようになりました。
まあ、いいんですよ、この私の馬鹿力がお役に立てれば光栄の極み。
それから三か月後、彼は四国地方にあるとある施設に入居が決まりました。私は担当の度に毎度毎度女のPTさんの時だろうと構わず〇〇さんを移動させるお手伝いをさせてもらいました。
かよわい(?)女の子PTさんが前からアプローチするのは腕がダメージ受けるし可哀そうなので、私がメイン介助しました。
「葵さん、本当にいつもありがとうございますぅ( ´•̥̥̥ω•̥̥̥`)」と可愛い子にお礼を言われるとそれだけでやった甲斐があるというか、もう、可愛いだけで満足→?
いや、PTさんがいるのになんで看護師風情の私が出しゃばってトランスしてんだ?という突っ込みはさておき。
「〇〇さん、今日は天気いいよ!いってらっしゃい!」
といつも笑顔で送り出すんです。その方が出て行ったあとは腕の痛みと、腰の激痛でかなりよぼよぼな歩き方になりますが、誰も手伝ってくれないので仕方がないんです。
みんな給料以上の仕事はしたくない人間しかいなかったので、この方が例え天井しか見えない生活だとしても、それはその人の運命と割り切ってしまう結構冷たい人しかいませんでした。
ですが、実際にそういう方を支えているのはリハ担当なんです。リハ担当は結局どんな患者様がきても一人で頑張らないといけない。一時期PTさんとOTさんが必死に〇〇さんを動かそうとしている光景をみて、「看護師は手伝ってくれないの?」と声をかけた事があります。
帰ってきた返事は「看護師さんは忙しいですから…頼めないっすよ」と悲しそうに言われました。その後に「手伝ってくれるのは、葵さんだけですね💛」とイケメンににっこりされると頑張っちゃう。←単純だなおい。
え、チームじゃん。チームなのに、そこで「忙しい」を言い訳にするのか?
私は看護の仕事において『忙しい』という言葉は嫌いです。
そんなの、ただの言い訳じゃないですか。PTもOTもSTもみんな『忙しい』んだよ。でもトータル人数は看護師の方がいるんですよ。ちょっと1分2分くらいのトランス、手伝いくらいできないもんなんですかね。
結局その方にかかわった三か月、私以外の看護師は風呂以外誰も手を貸してはくれませんでした。
そしてその人が施設に行く前日。私は偶然夜勤リーダーでその方のいるエリア(大体6~7部屋)を担当だったので、最後の挨拶に行きました。
「〇〇さん、今日天気よかったですかね?」
「 」
「明日は晴れみたいですよ、羽田空港まで久しぶりの長距離移動ですから、気を付けてくださいね」
「 」
「しかしもうもう三か月ですか~。〇〇さんいなくなったら寂しくなりますねえ」
「・・・」
泣いたんです。
右眼球上転しており、脳出血の後遺症で言語障害を併発しているこの方は、今まで一言も発することはなく、表情も全く変わることはありませんでした。後半の方は目が閉じられないせいで目の毛細血管が切れたり乾燥して時々濡れタオルを乗せられたりしてました。
なのに微妙に瞼がプルプルして、頬まで涙が伝いました。
実はこの方の表情の変化に気づいたのは、私とPTさんが毎日毎日リハ時間に車椅子に移動させて一か月後くらいからの事です。
私が関係ないのに朝挨拶に行くと黒い瞳が少しだけ動くんです。他のリハさんもびっくりしてました。ほとんど反応が無いのに、私が小うるさく話しかけるから目が動いたんです。
お、ついにこのうるさい葵さんを認識してくれたな?と非常に嬉しかったですね。
残念なのが、私はこの方の担当ではなかったので、あまりにも差し出がましい事をすると担当のスタッフに怒られます(笑)それもチームワークねえなあ…と思うんですけど、だって自分の親や大切な人だったら、頑張って外の空気吸わせたいと思いません?
別にこの方、体重が多いだけで、どっか痛いわけでも癌でもない。言葉が出ないだけで、耳はずっと聞こえているんですよ。
あの涙は、今日でこのうるさい葵さんとお別れだってのを悲しんでくれたのか、今まで外に連れ出してありがとうの涙なのかは分かりません。
その後、私もつらくていつものように「目が乾燥しないようにタオル少し乗せますよ~」と言って蒸しタオルであっためて、強制的に瞼を閉じるという作業をしてしまったのでこれがこの方との最後の日となりました。
手術場でもそうでしたが、麻酔がかかって患者様が寝ると医者も看護師も饒舌な人が多くみられます。
そして難聴のお客様の前で平然と悪口を言うスタッフや看護師。
悪口ってものすごく聞こえるんですよね。
人が死ぬまで残る最後の五感は「聴覚」です。
聞こえているんだよ。だから、同じ人間としてかかわってください。
私が手術場時代で大尊敬している先輩が残した胸に響く言葉があります。
「だって、あんたの親や兄弟、恋人や大切な人が同じ扱いうけたらいやでしょ?」
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