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夢の断片をつまむ

寒い…さむい…。冷たい。

まだ夢の物語の中にいるのに、頭の端っこの方で足先の冷たさに意識がむかっていくのが分かる。「今週から寒くなります」とあんなにテレビで言っていたのに、無精をしてまだ夏用のリネンとタオルのブランケットを組み合わせて、掛け布団の代わりにしている。これを寝相の悪い息子が途中で剥いだり落としたりするので、隣で寝ている私もいつのまにか何もかぶっていない事になる。

***

そうだ。
私はいま仲間との集まりを終えて帰ろうとしていたのだ。坂の途中に無機質で真っ白な四角い建物がいくつもならんでいて、私はその中の一つから出てきたのだった。どの建物の前にも入り口の前には綺麗に刈り取られた芝生が植わっている。その前庭のようなところから歩道に出て、緩やかに右に弧を描きながら坂を下ってきた。坂の下からは沈んでいく太陽の橙色の光がこちらに伸びてくる。
私はその光の筋を追うように、淡々と黙々と坂をくだっていく。

寒い…さむい…。冷たい。

ブランケットを手繰ろうとして左足を動かしてみたけど、ここにはないみたい。落ちてんのかな~。(目はまだ閉じたまま。)

そうだ、夢。
仲間とは誰のことだったのだろう。
男の人と女の人、子供もいた。あと老いて髭を生やした人。


さっきまで建物に一緒にいた人達のことは頭にない。後ろにいるのかもしれないし、いないかもしれない。
でも私と同じように四角い建物から幾人かが歩道に出てきて、一様に坂をくだって歩いている。前を歩く人達の背中が長い影になって伸びてきて、私もその後に続いていく。皆くるぶしまでの白い服をきているのに気が付く。
私も着ている。
夕陽と、前を歩いている人の影。無機質な建物。
衣が足とすれる音。坂道。

端まできたという認識はないのに、あるところで突然歩いていた道が切れ、私は頭を下にして真っ逆さまに落ちていった。
頭と耳に空気が激しく当たってビュウビョウ音をたてている。服の裾が激しく波打って足の甲を打つ。
落ちながら「大丈夫、飛び方を知ってる。」と思っている。

寒い…さむい…。冷たいなぁ。

もう限界かもぐらい寒くて薄目を開けた。息子は足の片方が九の字に曲がっているが寝息は穏やかな鼻呼吸。動かないから深い眠りの中にいるのだろう。
片目で時計を見るとまだ3時を少しまわったところだ。

あちら側に落とされているブランケットを拾って息子と一緒に被る。薄い一枚を羽織っただけで温かく感じるのは、ここの空気が冷えているからだ。
息子のふくらはぎに私の冷たくなった足をくっつけると、息子は少し体の向きを変えた。

3時。まだ3時。もう少し寝ないといけない。


見ていた夢。そうだった。つづきが見れるか分からないけど。

夕陽を見ながら坂道を下って、影を見ながら歩いていた。思い出した?
そしたら急に体が浮いたように感じだけど、あれは落ちていたのだ。
もう下の地面...たしか緑色をしていたような気がしたけど芝生だろうか。それが目の前まで迫ったところで、急に浮上したのだ。だって飛べるから。

寒むっ。。。って、それからどうだったかな。
誰といたのだったかな。懐かしい感じがのこっているけど。どんな格好していたんだったかな。

子供の足の下に自分の足をくぐらせる。向こうを向いている身体に後ろから抱きついて、うなじに冷たくなった鼻先をあてた。
息子の寝息が近くにある。


・・・緑色していたんだった。地面の色が。それから急に体が浮いた。
浮いたというか、両腕を後ろに反らせたら下をむいていた頭が上向きになった。次に胸を反って腕をしならせたら身体が急浮上した。
腰までの髪がまきあがって頬をなでて、着ていた服がモモンガの膜のように広がった。髪長い? おかしいな、私は短いボブなのに。
でも、よかった。地面が顔に触れるかと思うぐらいギリギリだったから。

急上昇して見えたのは全体像だった。ドローンの目を持っているように私の眼下に見えたのは、自分が落ちた大きくて深いすり鉢状の穴のような場所。
その穴から浮き上がってきた正面には、巨大な樹の洞(ほら)が見えた。
洞のまわりは苔に埋め尽くされた、これも巨大な根が取り巻いている。
吸い寄せらているのか、このまま、自分はまっすぐ洞へ飛んでいこうとしているようだった。
サイズ感がわからなくなる。もしかしたら自分がとても小さくなっているのかもしれないと思った。

よおく見ないと、薄れるってわかってる?

もう一度。今度は両目で時計を見ると3時半になろうとしているところだった。まだあれから少ししか経ってない。
寝ないといけないのに、どんどん”こちら”の割合が高くなる。

あの洞の奥がどこまでありそうなのかちゃんと見た?
絨毯みたいな苔がびっしりついたあの根を、ちゃんと見た?

もうあの樹の洞の映像しか思い出せない気がしている。

寝るためには夢に、あの夢にもう一度入っていくしかないのに。
誰かと一緒だった気がしたけど、もうその場面の扉は閉じてしまって開ける事はできない。

・・・空白。

息子が寝返って仰向けになった。
ブランケットを蹴ろうとしているので、3回、4回蹴らせたあとでもう一度引っ張り上げて一緒に首までかぶり直す。昨晩着せてやった黄色の腹巻がめくれていないのを目視して、「お腹は冷えてないはず」と思う。

寝なければ。夢に戻らなければ。
まだ3時35分。

***

夢の続きは、もう見なかった。
洞の中へは、入らなかった。

現実で感じた寒さと、夢の間でいったりきたりしている自覚はあった。
ときどき、今日のような夢の中の語り手は、もしかしたら「私」じゃないのかもしれないと思ったりする。

その断片を覚えていたら、ヒントにしてフィクションの物語を書いてみるのも面白いかもしれない。




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青葉 犀子 -Saiko Aoba-
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