掌編】赤ずきん。赤ワイン煮込み、赤い聖者とソニックブーム。3185文字。
『赤ずきん(または黒い森の乙女)』~赤い服の仲間を添えて~
明くる日お母さんは言いました、おばあちゃんが雪で困ってるみたいなの、家で寝込んでいるからパンと赤ワインを届けてあげて。いきなり副音声で気にかけてやらないと後が面倒くさいからと聞こえた気がした。こじれた嫁姑問題はどうか気付かなかった事にさせて欲しい、赤ずきんは何も聞いていない。
そして病人にワインはいかんかろう、子供に酒もよくなかろう……しかしそんな赤ずきんの心配をよそに、お母さんは宣言通り籠に切り分ける前の、しかし冬の乾燥に負け通常に輪をかけて固くなったフランスパンと、長らく共に生活する赤ずきんですら今まで一度も見た事のない、秘蔵と思われる赤ワインを入れて渡してきました。
本当はミルクがまだあれば良かったのだけど。買いに行くには街も遠いと苦渋の声で呟くお母さんの様子に満面の笑みを浮かべた赤ずきんは、内心、計画通り……!と、よくわかる悪役の主人公らしい表情で、最早隠せてもいないが今晩のホワイトシチューと乳粥を回避した喜びに舞い、本来酒の飲める歳ではないものの、栓を抜いた赤ワインを片手に、るんるんで雪道を駆けてゆきました。
それでもこの話は二十歳未満の飲酒は断固推奨しておりません事をお知らせ致します、改正少年法でも据え置きです。十八歳だろうがダメ絶対。
そう、総じてファンタジー小説の成人年齢は早いもの。赤ずきんと言うからには、白より赤が好きなのです。違いますワインの話ではないのです……!( )
赤い外套を着た赤ずきんは赤いワインを片手に白い雪の積もる黒い森を進んでゆきます。遠目に昼間から眩しい程にきらめく街の灯りが見えますが、毎年冬に限って森の奥に引き籠る物好きな赤ずきん一家には関係のない話。
冬の祭日。そう、この日はクリスマスでした。お母さんは喧騒から逃げた身の癖、せめて料理だけでもと言うのですが、どうせシチューならホワイトよりビーフが嬉しく、そして乳粥は美味しくないと各所で聞いています。だから赤ずきんは前日の内に牛乳を牛乳のままで飲み干してきました。何がホワイトクリスマスか。正確にはその前夜にあたる聖夜の日でしたが、欲しいものは物でなくて身長なのです。雪道はおなかが空くのでパンを噛り、葡萄酒を凍死予防と言い訳して飲み、神の地肉を取り込んで、ついでに新世界の神にーー…!( )
一方その頃、猟師、またの名を二重の意味でトナカイをかる(駆る/狩る)サンタクロースは効率よく家々を回るべく、夜の激務に備えて本日の愛車もとい除雪機を乗り回していました。そして途中雪道を食べ掛けと開封済みの食糧のみの、僅かな荷物でさまよう赤ずきんを見付けました。……見付けてしまいました。これが運命的とも言える赤ずきんとサンタクロースの邂逅( )、そして略。
いわく、
「「同じ酒を酌み交わせば朋友よ」」
つまりはそういう事です。
なおこの話は飲酒運転も断固推奨しておりません事をお知らせ致します。サンタクロース氏の名誉の為に、愛車は除雪車ではなく除雪機である事をこちらにも改めて明記させて頂きます。同じ法則で例を出すならつまり、赤ずきんを、正確にはその差し入れを待つおばあちゃんの愛車は老人用手押し車という事です。
それでも危ないからどうか仕事終わりの一杯にして欲しい、其処が空想の世界でないのなら。飲酒運転ダメ絶対。
しかしファンタジーの世界に準ずるサンタクロースにそんな現代の理屈は通用せず、赤ずきんと二人頬を上気させ、冬の寒さを、風の冷たさをものともせず、神の血とか言われる赤ワイン……つまりアルコールを味方に付け。そしてサンタは再びほろ酔い気分で本日の愛車を全力で稼働させました。寒さの前の酒のなんと強いことか。
消毒液とは洗浄と浄化を行い無毒化する為のものである。おすすめは七割五分前後。……赤子が育って神になるのなら、聖十字は最上位で力を振るう教皇になる。
共に。寒さに震える人間達の為に。ーーそう、
「雪と木々で出不精な母と祖母の為に!」
「もみの木の足りない街の子供達の為に!」
「私が歩き辛い雪の山道を直線にする為に!」
「この冬の狩猟の更なる効率化の為にーー…!」
白い雪も黒い森も!鮮やかに赤赫く!!消し飛ばせ!!!
何よりも美しい赤が聖夜の祝福をもたらすのだと、徐々に本気で叫ぶ赤ずきんとサンタクロース。壊れた二人の増し増すテンションに比例して、あらゆる自然資源が宙を舞う。
クリスマスに浮かれる麓の街は雪に乱反射する光で明るく華々しく照らされるものの、おばあちゃんの家のまわりは木々を薙ぎ倒され除雪はされたものの風も雪も吹き荒ぶ更地となり、逃げ回る野生動物達もが雪に舞いーー…
そうして数刻。どうにか過度の聖水も抜け、聖夜なので一匹だけと捕らえた脳震盪のトナカイの目も覚めた頃、山一面の除雪を済ませた二人はやっとおばあちゃんの家に辿り着きました。
こんこんこん。と、ドアを三回叩き丁寧にも敬意を示しつつ、おばあちゃんの登場を待つ間に、些か中身の減った差し入れの籠と手土産にされた生け捕りのトナカイをそれぞれの片手に、赤ずきんとサンタは顔を見合わせました。
籠、手土産、ワイン、トナカイ。……酒と肉、そしてひたすらに固いパン。お な か が す い た 。
「「そうだこれで赤ワイン煮込みのスープを作ろう」」
メリークリスマス。瓶ごと掲げられたワインと待ち受ける宿命に震えるトナカイの角を鳴らす冒涜的で背徳的な乾杯、一仕事終えた後の料理はきっと美味しいに違いない。近い幸せな未来に想いを馳せる二人の目は蕩け、口からは自然と笑いが零れます。が、二人の重なった声はこの家の住民にも当然ながら聞こえていました。
ーーなのでそっと扉の隙間から外を見る。そして其処には赤い外套を更に赤く濡らした赤ずきんと、低く音を鳴らす見知らぬ赤い機械を携えた男が。
赤ずきんが手に持つ籠の中にはパンと赤ワインしかないというのに一体何を煮込むのか。ーー『『そうだこれで赤ワイン煮込みのスープを作ろう』』、二人の揃った声に連想される可能性に狂気を覚えた老婆は齢と寒さに痛む抜けかけの腰を押さえ、膝が笑い覚束ない足を必死に引き摺りながら裏口に回り家を飛び出し、そしてこの外の惨状を知る()
やはりこれとはわしのことではないのかえ……?
膝からくずおれる老婆の頭にとある昔話が走馬灯の様に思い出された。
その話の名は あ か ず き ん 。
……西洋では親から子へと語り継がれ、幾度も本に纏められ、語り手を変え編纂も重ね、時代と共に今や極東まで流れ辿り着き、創作の概念として焼き付いた、そして今も各所で派生作品を生み出し続けている小さな少女の物語ーー…
『 Hood of The "Red" 』
現代では何故か血糊を添えられがちである。
「出てこないなぁ裏庭かなぁ更地だけど」
煮込まれる前に殺らなくてはと腰も抜かして震える老婆の手元には季節はずれの草刈り鎌。二十四は刻の回り切る完璧な数字。すべての完成の時は近い。目の前は更地で逃走の為の道はない。ーーやるしかない。
嘶く除雪機を携えた男を連れた、しかしただの寄り道が過ぎただけの小さな赤ずきん。美味しく御相伴にあやかりたいだけの猟師、またの名をサンタクロース。
農耕を司る鎌を持つ神の名は、最高の権威と時間の流れをない交ぜにして使われるーー…
狼の代わりに狩られたトナカイと三人の迎える結末は、なんにせ赤ワイン煮込みである……。
→to be continued……?( )
各ソシャゲにて赤ずきんに沼るの知人に押し付けます、届かない所でいつか届けと叫べ……!( )
トップ画像お借りしました(感謝)!
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