大袈裟にいえば革命前夜だった
大学に入ってすぐ、私はとある運動部に入部した。あまりに田舎大学だったので、例えば他大学と合同のサークルのようなぬるま湯 ── オアシスは存在せず。ただそのスポーツがしたかった、という理由で、希望と期待に満ちた状態で入部した。
厳しい練習に厳しい上下関係。すべて間違ったものではなかったと今でも思う。学ばせてもらったことが沢山あった。悪かったのは部活の体制や部員達ではない。その環境に上手くフィットし得なかった私だ。
合わない。ならばそれを理由に辞めればいい。穏便に済ませるなら、表向きには合理的な理由を、たとえ嘘でも用意すればいい。ただそれだけ。
でも───
頑張ってしまった。毎日、もう少し、もう少し、私はもう少し頑張れるはずだ、と自分を責めていた。
もう一回、もう一回、と歌うように。明日にはもっともっと上達して、先輩や同期と楽しく笑い合えて、今日より楽しい明日が待っているだろうって。
練習後、自転車で駆け抜けた帰り道。乾かない汗のせいで、より冷たく感じた夜の風。何物にも代え難い爽快。忘れる事はないのに。
後悔していないと言えば嘘になるのは、悪いことばかりじゃなかったからだろう。
私を思ってくれる人たちがいた。器用な人もいれば、不器用な人もいた。一人一人の優しい顔をちゃんと思い出せる。
組織の中で何者かにならなければいけないと必死だった。自分以外の全ての人間にはちゃんと役割や必要性があって、自分にはそれが一切ないと感じていた。何者でもない自分を組織の邪魔だと決めつけて、責めた。
あの時に戻れるなら、伝えたい。
誰しもが必要とか不必要とかではなく、ただそこにいるだけでいい。君は君だ。私は私だ。
─── ある日の部活後の円陣中、音がした。
心の糸がプツンと切れる。そんな表現があるけれど、あくまで比喩だと思っていた。なのに、本当に鳴った。ハッキリと覚えている。私にとってそれは正真正銘の「音」だった。
何を言われたのかはあまり覚えてなくて、多分なんか「もっと頑張ってほしい」みたいな何気ないことだったと思う。でも私なりには頑張っていたつもりだった私は、その瞬間にアッと手が滑って、今までなんとか握って縋ってきた藁が手から離れて、落ちてしまったのだろう。心の中で起きた軽い事故みたいなもの。誰も悪くない。
次の日から行くべき場所へ行けなくなった。今思えば、行かなかったことは、「誰か助けて」という私のSOSだったかも知れない。色んな人が気づいてくれた。
もっと、ちゃんと、助けて貰えば良かったな。
当時の私にはどうしようもなくて、立ち止まった。
そうするしかなかった。6,7年くらい前のこと。
時間と距離のおかげで、少し大丈夫になった。今でも人に気づかれないようにそっと人を避けてしまうけれど。
インスタを何気なく眺めていたら、私が辞めた運動部の新歓SNSが流れてきた。死物狂いで喰らい付いていた練習は週2に減っていた。聞くところによれば、練習メニューもかなり変わってしまったらしい。コロナ禍でも色々な変化があったようだ。インスタには、楽しげな部員紹介がいくつも投稿されていた。私は誰のことも知らないし、誰も私のことを知らない。性格が面白おかしく紹介されていたけれど、プレーが上手だとか下手だとかそんなことはあんまり書かれていなかった。間違っても下手とは書かないか。笑顔が素敵な子たちだ。
── 革命が起きていた。いつか私たちが起こしてやるんだと、いつも仲間と管を巻いていた、革命が。
あらゆる「革命」は、鼻息荒く世界を変え、それはいつの時代も皆にとって良いものだっただろうか。革命前夜の世界は果たしてそれほど醜かったのだろうか。 ───
糸の切れる音が鳴る数週間前、先輩が皆の前で私に言った。
「プレーも下手、仕事もできない、何のためにここにいる?」
全くその通りだと思った。
存在している価値がないと思った。
今思い出しても、秒で泣ける。
復学した後、部活でお世話になっていた先輩と大学ですれ違った。おそるおそる会釈をした。彼女は鋭い表情のまま、私を無視した。当然だった。悪いのは私だ。しかし彼女もまた不器用な人だったのかも知れない。
昭和スポ根の残り香があった田舎大学のある運動部が、令和らしく煌びやかにSNSを活用して人気を集めるようになる少し前のこと。
時代と時代の狭間の溝に深く吸い込まれ、未だにうまく這い上がって戻ってこれずにもがいている滑稽な私。
「革命」だなんて大袈裟に感じるのは、今や、隣の芝生が青かったり逃がした魚が大きかったり、そんなよくある単純な感情かもしれない。世の中って、人間って、そんなもんだろう。いずれにせよ「今の私ならもっとうまくやれるのに」なんてありきたりなことを考えてしまう以上、後悔は消えないものだ。
しかしそんなことを言っているうちに、少しずつ許せるようになってきている。時間は偉大だ。
自転車を飛ばしながら、いつも聴いていた。
部活の終わり。夜の冷たい風の中。