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『浮雲』|読書感想文

二葉亭四迷の『浮雲』を読んだので感想を書きます。これは、明治時代に発表された小説で、書き言葉を話し言葉に一致させようと試みる言文一致体を推し進めた最初の作品でもあります。昔の作品はどうしても現代の言葉とは違って読みづらくて、正直私は苦手なのですが、ちょっとした勉強がてら読んでみました。

あらすじ

秀才だが世才に乏しい文三ぶんぞうの失職を機に、従妹おせいの心は軽薄才子ののぼるに傾いていく。自意識過剰の中で片恋に苦しむ文三の姿を中心に各種の人間典型を描きながら、官僚腐敗への批判をひらめかせている。最初の近代リアリズム小説であり、その清新な言文一致の文体は明治文学の出発点となった。

岩波文庫の本の表紙より引用

失職で態度変わりすぎ

この物語における主人公は、23歳の青年、内海文三です。文三は寄宿先で、叔母・おまさの娘である従妹のお勢に英語を教わるうちに、次第にお勢のことが好きになります。しかし、文三は貧しい環境に生まれながらも、官職につくことができていたのに、クビになってしまいます。原因はよくわからず、人減らし、現代でいうリストラ?のようなことだと思うと文三は言っていましたが、そのことを叔母に伝えたときの、反応はひどいものでした…。

「二十三にもなって、おっかさん一人さえ楽にしてあげられない」と文三の母親のことを引き合いに出して、意図的に罪悪感を植え付けているような物言いに私は嫌悪感を覚えました。免職と聞くなり、がらりと人柄が変わって、意気地なしといわんばかり、人を見くびったような言葉の嵐でした。だから、その後自分の部屋で一人、悔し涙を流していた文三の味方をしたくなりました。

お政は娘のお勢に「文三がいる二階に行くな」「今までの文三と文三が違う」とも言います。でも、お勢は「免職になったからといって、文さんが人に噛みつくようになったの?」と文三のために母親に抗議していていたので、お勢のそういうところには、好感を持てました。

出世のために必要なこと

文三は、融通が利かず、社会に合わせて柔軟には生きられない不器用な人物でした。友人の本田昇は、課長のご機嫌取りに欠かさず行って相手の懐に入り込めていたようでしたが、文三はそんな卑劣なことはしたくないと言っていました。そして、文三は上司に復職願いも出せずに苦悶することになります。

出世のためには、上司におべっかを使ったり、ごますりのようなことをしたりしなければいけないって、私も嫌だなあ…と思いました。私は無遅刻・無欠席で勉強や仕事はそれとなくできるけど、社交性がゼロという痛手があるので、文三には共感できるところが多かったです。

後に恋敵になる、文三の友人の本田昇が家に出入りするようになるのですが、そこからは本当に文三の肩身が狭くなっていくように感じられました。世渡り上手で給料をたくさんもらっている昇に、お勢や叔母も次第に心を惹かれていくようになっていたのが悲しかったです。このような展開で、文三は嫉妬と己の不甲斐なさに苦しむ日々を送るようになります。

文三と昇の対比

主人公の文三と友人の昇は、対比がされていると思いました。作中では、社会不適合者のような文三と、上手に世間を渡っていく昇の状況がありのままに写し出されていました。そこから、文三という人間の苦悩を知ることができ、人の生き方や人生観などについても考えることができるのではないかと思いました。正直、私は世渡り上手な昇よりも不器用な文三の方がずっと好きでした。何でもできて、多くの人にすぐ気に入ってもらえて、ちやほやされているような人って、なんだかイラっとしちゃうんです…。私も嫉妬してしまうんですよね。

お政とお勢の対比

叔母のお政は、教育がないことにくわえて、しきたり・風習といったものに固執している旧時代的な人物として描かれていました。その一方で、その娘のお勢は、女性ながらも、漢字や英語に優れた才を持つ近代的な人物として描かれていました。母のお政に対しては、「条理を説いてもわからないくせに、腹ばかり立てているから仕方ないの」「あんな教育のない者がなんと言ったって、関係ない」みたいなことを言っていました。自分の信念を持っていて、お政の不条理な意見には反論を唱えるところが勇敢だな…と感じました。

教育の制度が整っていったという社会の変化も浮き彫りにしているようで、そういった目まぐるしく動く明治時代における女性像の在り方も読み取れるかな…と思いました。正反対な母娘から、ジェンダー的な視点に立って、作品を理解することもできた気がします。


『浮雲』で扱われている、失職や恋愛を通した人間の苦悩というテーマは、読み応えのある興味深いものでした。後の文豪たちにも、そういったテーマは受け継がれていただろうし、二葉亭四迷の精緻な写実主義により、当時の世相が色濃く、正確に描写されていました。『浮雲』は未完なため、物語的なクライマックスはなく、お勢が誰と寄り添うことになるのか、文三はその後どうやって生きたのかについては想像するしかないのですが、それもまた味がある作品になっているのではないかと思いました。でも、私にはちょっと難しかったです…。

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