
『1Q84』|読書感想文
村上春樹さんの『1Q84』を読んだので感想を書きます。これは、ジョージ・オーウェルの『1984年』のオマージュになっています。BOOK1が554ページ、BOOK2が501ページ、BOOK3が602ページの計1657ページでとても読みごたえがありました。私は最初本のタイトルを、知能指数を表すIQが84という意味だと誤解していましたが、IQは全く関係ありませんでした(笑)QはクエスチョンのQを意味しており、「1Q84」は小説の舞台となっている1984年における異世界を指しています。
あらすじ
2人の主人公、天吾と青豆は孤独な10歳の少年少女として、誰もいない放課後の小学校の教室で黙って手を握り目を見つめ合うが、そのまま別れ別れになる。そして、相思いながら互いの消息を知ることなく、長年月が過ぎた1984年4月、2人は個別にそれまでの世界と微妙に異なる1Q84年の世界に入り込む。
スポーツインストラクターの青豆は、老婦人・緒方の考えに共鳴して、女性をDVで苦しめる男たちを暗殺する仕事を引き受ける。彼女は人間の身体の微妙な部分を捉える優れた能力をもっており、首の後ろのあるポイントに細い針を突き刺すことで、心臓発作に酷似した状況で人間を殺害することができる。青豆がそのような殺人行為をするようになった背景には、無二の親友を自死で失った過去が関係している。しかし、1984年4月にその仕事のひとつをやり終えたあたりから、青豆は自分がそれまでの現実とは微妙に異なった世界「1Q84年」に入り込んでいるらしいことに気づく。
一方、予備校の講師として数学を教える天吾は、小説家を目指して新人賞のために小説を書きつづけている。応募していくなかで知り合った編集者の小松とも親しくなり、小松から無署名のコラム書きや新人賞応募作の下読みなどの仕事を与えられる。天吾は新人賞応募作のなかから、「ふかえり」という少女の書いた『空気さなぎ』という小説を見出し、小松に強く推薦する。小松は天吾に『空気さなぎ』のリライトを勧め、天吾はそれを完成させる。『空気さなぎ』は新人賞を得て爆発的に売れるが、いつしか天吾は周囲の現実の世界がそれまでとは微妙に異なって天に月が2つ浮かぶ『空気さなぎ』の虚構の世界そっくりに変貌していることを知る。
かくして個別に「1Q84年」の世界に入り込んだ2人は、それぞれが同じ「さきがけ」という宗教団体に関わる事件に巻き込まれていく。
宗教二世問題
宗教二世は、親が信仰している宗教を同様に信仰している、または信仰していた子を指します。子供が自分の意思とは無関係に、ただ親や教団の意思によって信仰を強制されてしまうのは、子供の人生の選択権を奪う行為であるため、明白な人権侵害として問題視されています。
青豆さんは、「証人会」の熱烈な信者の家庭に育ち、物心ついた時から集金のために、母親に連れまわされていろんな家を訪ねていました。子供がいるほうが集金しやすいそうです。私は幼い子供をだしに使って集金を募るって、最低な親だな…と思いました。
サイズの合わない古着を着せられて、学校の行事には参加できない、ご飯を食べる前には決まった祈り文句を大声で唱える、病気に罹っても治療はしない、輸血はNGとか、そんな制約の中、青豆さんはすごく窮屈な子供時代を送っていました。学校では、もはやいない者として扱われていたし、先生もどうにもできなかったようでした。
現代では、普通に虐待とみなされると思います。私も母からだしに使われたことがあったので、それを思い出しました。平和な子供時代を親によって奪われていたことは普通に許せないと思います。
NHKの集金
天吾さんの父はNHKの集金が仕事で、青豆さんの母親と同様に、天吾さんを連れ回していろんな家を訪ねていました。お父さんの熱心な仕事ぶりはすごかったですが、住人からすると迷惑に思われることが多い大変な仕事だったろうな…と思いました。集金の仕事に向いていて賞状までもらっていたようでしたが、天吾さんのお父さんもお父さんで、子供をだしに使って集金をしていたのは最低だな…と思いました。
それは間違いなく、天吾さんの心に深い傷を負わせていました。天吾さんは大人になってからも、日曜日は父とNHKの集金をしていた記憶が甦って、嫌な気分になっている様子が見受けられました。子供時代の天吾さんは勉強もスポーツも優秀な成績を収めていたため、父親の職業が知れ渡っていても、学校で孤立することはありませんでした。でも、彼も青豆さんと同様に孤独でした。
お父さんは天吾さんに冷たかったし、日曜日に天吾さんに自由を与えようとしなかったのは、頑固で自分のことしか考えていない印象でした。子供のときは自分の方が天吾さんよりも苦労していた、という言い分が嫌らしいな…と思いました。亡くなったお母さんについても天吾さんに一切教えようとしないのは、意地悪だと思いました。
青豆さんと天吾さんは、似たような立場に置かれた子供だったので、外で顔を合わせてすれ違うこともあり、お互いにどこか親近感や好感を抱いていました。二人が会話することはありませんでしたが、お互いの存在をちゃんと認識していたし、心の拠り所にしていたんだと思います。当事者にしかわかりえない苦しみがあったんだろうな…と感じました。
手をつないだ記憶
青豆さんと天吾さんの両方が20年に渡って、小学生時代の手をつないだ記憶を鮮明に持ち続けていたことに驚かされました。短い時間に二度と忘れられなくなるくらい、二人は互いに心が通じ合わせることができたのかなあ…と思いました。でも、そのときのことを思い出して自慰行為をするのは、ちょっとキモイなあ…と私は思いました。
性に無知な子供時代でも、手をつないだことによって生じた甘い疼きのようなものがあったそうです。だけど、それを思い出して自慰行為するって、大事な思い出が汚れてしまうように私は思いました…。汚れるものではなかったのだと思いますが、私はなんか嫌でした。
友人を失う悲しみ
青豆さんは、学生時代に一緒にソフトボールを練習していた親友の大塚環さんがいましたが、後に環さんは自殺で亡くなっています。その時の彼女を失った悲しみは、苦痛に満ちたものだったと思いました。また、青豆さんはせっかく仲良くなった警察官の中野あゆみさんも他殺で亡くすことになります。
親友の環さんがなくなって以来、久しぶりに心を許せそうなあゆみさんという人物が青豆さんの前に現れたのに、彼女も失ってしまうのは、とても悲しかっただろうな…と思いました。皮肉なことに、殺人者である青豆さんが好意を抱けたのが、警察官のあゆみさんでした。その点についても、青豆さんは複雑な思いを抱いていて、あゆみさんとは距離をあまり縮めないようにしていたのが、なんだか切なかったです。
人妻のガールフレンド
天吾さんは人妻のガールフレンド・恭子さんと交際をしていました。天吾さんは、性行為に関しては年上の方にリードしてもらうのがよかったようでした。二人の間で交わされる会話がなかなか興味深くて、私は好きでした。人妻と不倫しているのは、決して褒められたことではありませんが、バレなきゃいいのかな…と思いました。でも、結果的に恭子さんの旦那さんにバレているので、そう長くは続かないものなんだろうな…とも思いました。
生物学的な父親
天吾さんには、1歳半の記憶があります。それは、彼の母親が父親でない若い男性に乳首を吸わせてるというものです。正直、なんという記憶だ…と愕然としました。天吾さんはその記憶が確かならば、生物学的な父親は別にいると思っているようでした。天吾さんはお父さんに全然似ていないので、彼の中での生物学的な父親の存在は確信に近いような感じで書かれていました。お父さんと血がつながっていないと疑い続けることって、結構心の負担になるんじゃないかな…と思いました。
不思議な言葉と世界観
空気さなぎ、リトル・ピープル、マザ(実体)とドウタ(分身)、パシヴァ(知覚する者)とレシヴァ(受け入れる者)など、聞いたことのない言葉がたくさん出てきました。『空気さなぎ』という話を考えたふかえりや父の深田保は、全部それらの言葉の意味をわかっているようでした。でも、彼らの言っていることは現実味を欠いていて、とても不可解でした。ふかえりの話をもとにして小説をわかりやすく書き直した天吾さんも、完全にそれらの言葉の意味を理解しているわけではありませんでした。私も正直、未だによくわからないです…。でも、黄色い大きな月があって、すぐ隣に緑の小さな月があるという幻想的で不思議な世界観は、素敵でした。
各章のタイトル
章がとても多かったです。章のタイトルが本文のどこの部分を切り取ったものなのか、読みながら探すのが楽しかったです。1つの本で30章近くもあるというのは、珍しいのではないでしょうか。
豊富な歴史・文化的要素
歴史や文学作品、音楽など、文化的ないろんなものがたくさん登場しました。難しくてよくわからなかったので、軽く目を通して読みましたが、歴史や芸術への愛が深くてすごいなあ…と登場人物に対して思いました。知らない作品ばかりで、勉強になりましたが、もうほとんど忘れました(笑)
残された謎が多すぎる
風呂敷が広がりすぎて、理解の範疇を超えていました…。時間が経ってから、もう一度読み直したいです。メモを取りながら読んでおけばよかったな…って、ちょっと後悔しました。
(若干のネタバレあり)
青豆は11歳でどうやって信仰を捨てて両親の元を離れたのか
引き取られた叔父の元ではどのように生活していたのか
青豆の記憶にない事件や銃にまつわる変革は、1Q84の世界だけの出来事で1984の世界にはない出来事だったのか
1歳半の天吾が見た、知らない男に乳首を吸われている母の記憶によって生じていた発作は何だったのか
天吾の父は、天吾を憎んでいたのか、それとも愛していたのか
天吾の生物学的な父親は、結局誰か
ベットで昏睡している天吾の父親の分身が、ふかえりが隠れていた天吾の家、天吾を監視する牛河という調査者の家、身を隠していた青豆の家のドアを叩いたのか
セーフハウスの番犬を惨殺したのは誰か
10歳のつばさちゃんの行方
あゆみさんを絞殺した犯人は誰か
人妻のガールフレンド・恭子さんはどうなったのか、「失われた」とはどういうことだったのか
深田保は宗教を嫌悪していたのではなかったのか
深田保が最初に10歳のふかえりを犯したことの詳細
「さきがけ」が農業コミューンから少女のレイプが行われる教団に大きく変革した経緯
教団内での教祖・深田保による少女との性交は必要だったのか
教団に属する人間の子供は、精神的な問題が生じて不登校になる場合が多い。その後、子供はどうなるのか
教団の人々は狂信的になっているのか
ふかえりはなぜ教団から両親を置いて逃げ出したのか
ふかえりが天吾と性交し、青豆の受胎を仲介した原理
ふかえりの話し方の癖は、何かが起因しているのか
牛河さんの空気さなぎは何だったのか
天吾と青豆は元の1984年にちゃんと戻れたのか否か(第三の世界の可能性)
『1Q84』は、青豆さんと天吾さんの視点が交互に組み合わさって、話が進んでいきます。BOOK3からは、青豆さんの消息の調査を進める牛河さんという人物の視点も追加されています。サクサク進むわけではなく、ゆっくりと二人の世界が徐々に交差していくような構成でした。読み進めていて、天吾さんと青豆さんは、もはや愛情を超えたとても深いつながりがあるように感じられました。二つ並んだ月がすごく重要な役割を担っていて、最後のロマンチックな雰囲気が素敵でした。
村上春樹さんの想像力や表現力の豊かさには感嘆です。私からすると性描写が多く感じられましたが、それも小説にとっては大事なのかなあ…と思いながら読んでいました。難しくて私の理解が及ばないところが多々あったので、機会があれば再読したいです。
『騎士団長殺し』とどこか似通っている点(人妻のガールフレンド、美少女ふかえりの失踪、直接的な性交なしの妊娠、「生物学的な父親」という言葉)もあって、ちょっとびっくりました。でも、良い読書経験になりました。『ノルウェイの森』も読む予定なので、そっちも楽しみです。