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春の訪れとキネマの神様


原田マハの作品は、コーヒーのように心にしみじみ沁み渡る、何度も何度も口に含んで、確かめて、味わいたくなるような深みがあります。

久しぶりに手に取った一冊は、
原田マハさんの『キネマの神様』

はじめて読んだのは2019年の冬、ちょうど映画化が決まった頃だったと記憶しています。
その頃、まだ息子はお腹の中にいて、『キネマの神様』が上映する頃にはもう産まれてるんだよな、今は映画館に行きづらいけど、その頃には行けるかな、と色々と2020年の想像を膨らませていました。

本作の主人公・ゴウは、なかなかクセがあり、面白いオヤジ!本作を好きになった理由の一つにゴウという人物のの魅力があります。2019年当時の文庫本の帯にあるように、主人公・ゴウは、志村けんさんが演じる予定でした。
志村けんさんがゴウを演じるなんて、面白くならないはずがない!ゴウの会話はすべて志村けんさんでリアルに脳内変換され、妄想は膨らむばかりでした。

妊婦検診のお供はいつも『キネマの神様』。
お腹の子は元気ですよと言われても、どこか現実味がなくて、なにかの拍子にいなくなってしまうんではないかと、毎回妊婦検診の待合室では不安な気持ちで過ごしていました。そんな不安な気持ちを和らげてくれたのも、『キネマの神様』です。愉快で破天荒な登場人物達に励まされていました。

その後、年が明けた、2020年1月8日。
WHOが武漢で相次いで発生していた肺炎について、新型ウイルスの可能性が否定できないと発表しました。

1月末には新型コロナウイルスという名前をニュースで聞くようになり、国内でも初の感染が確認され、国際的な緊急事態であることを徐々に認識していきました。

しかし、2月には乗客の感染が確認されたクルーズ船が入港、国内で初の感染者の死亡が報じられ日を追うごとに状況が悪化していきました。

そして、3月の終わり、志村けんさんの訃報が報じられました。臨月を迎えていた私は妊婦検診のため、その日も病院の待合室で『キネマの神様』を読んでいました。

ネットニュースで訃報を知り、もうあの笑顔は見られないの?ゴウはどうなるの?と頭がいっぱいになりました。
『キネマの神様』は相変わらず面白くて、元気をもらっていましたが、その日の病院の帰り、帰宅中のバスの中でこっそり泣いていました。

それから約1ヶ月後、4月中旬に我が子が誕生。出産後は一気に子ども中心の生活となり、落ち着いて読書する時間も中々取れず、『キネマの神様』を読み返すこともなくなっていました。2020年12月に公開予定だった映画・キネマの神様もコロナの影響で延期に。

子育てに追われる中、産前の倍速で毎日が進み気がつけば一年が経過していました。
私がもう一度、『キネマの神様』を手に取ったのは3月29日。志村けんさんの命日に合わせ、映画完成報告会が開かれたことがきっかけでした。若き日のゴウを演じた菅田将暉さんが「本来であれば、という出来事がたくさんあったが、完成したことがいちばんの喜びです。」と語った言葉が印象に残っています。「本来であれば」この心残りがたくさん起きた一年でした。

その後、映画・『キネマの神様』は沢田研二さんを主演に迎え、2021年8月に公開されました。沢田研二さんの演じるゴウは渋くて、人情味溢れていて、ゴウに息が吹き込まれたようでした。一度は延期した公開でしたが、無事公開されて本当によかった。キャスティングをした監督やスタッフにも、主演に抜擢された沢田研二さんにも、様々な葛藤があったと思います。しかし、沢田研二さんは志村けんさんの代役ではなく、彼が、彼にしか演じられないゴウを演じてくれたと思いました。

志村けんさんが亡くなってからもうすぐで3回目の春。私の息子はもうすぐ2歳になります。

来年も、再来年も、春の訪れを感じる季節に志村けんさんを想いながら、『キネマの神様』を手に取ると思います。

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