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「健康ビジネス」に呑まれる「安心感」

健康について探求するとキリがない…と感じるのは私だけじゃないと思う。


目的が「健康でありたい」「痩せたい」「病気を、不調を治したい」などなど、その願望は個々で違う。


医療者として勤めてきた20代30代は、特別病気を抱える訳でもなく体力にも自信があったので仕事に没頭できた。というより「没頭せざるを得なかった」という方が正しいかな。

仕事を覚えて慣れるのに必死で、自分の身体に気を遣うなんて余裕すらなかったのが現実。


「健康ビジネス」


ある医師がおっしゃっていた「病院も健康ビジネス」という言葉に、物凄くしっくり来た(笑)

「この症状にはこの薬」

「この病気にはこの薬」

「症状があるんですね、検査しましょう」

「定期的に検査をすれば大丈夫」

「ちゃんと薬飲んでいますか?だめですよちゃんと飲まなきゃ」

「薬を飲まないからこうなるんですよ」


「病院に行けば病気は治る」と言った風潮が起こったのはいつからだろうか。

私の知る限りでは、祖母の時にはそれがもう当たり前のように、子供ながらに聞かされていた。「お医者様は神様」と崇められていた時代(笑)


遡ること第二次世界大戦後…いや、もっと昔だったか。

仕掛けられた「戦争」で日本の全てが変わったとも言われている。

大きく変化したのが戦後GHQが介入してから。(情報検索すると結構出てくるようになりましたね)それまでの日本人の生活が大きく変化した。


今ではその変化した、便利な生活が「当たり前」になりすぎて、少しでも不便を感じることには手を出さないほど、ぐーたらした日本人の完成。それは健やかに過ごすための術も含めて。


でも実は、そこに「不調と病気」の全ての関連があることを(一部の人は知っているけどほとんど)誰も知らない。


「病院は健康ビジネス」もそう。


薬では病気は治らない。

医者は病気を治せないし一個人の健康管理もできない。

病院は「病気をただ見つける機関」


これは実際私が病院勤めをして実感した現実。そして、私自身にも起こったこと。

「じゃあ誰が病気や不調を治すのか?」と考えると

「そもそも病気や不調を起こしているのは誰なのか?」というところに辿り着く。


誰だと思います?

自分自身なんですよね。それって。


「???????」って思われる方もいると思います。

でも、紛れもなく「己自信」なんですよ。


甘いものを食べるのも

アルコールを飲むのも

ジャンクなものを食べるのも

お菓子しか食べないのも

仕事で無理して働くのも

言いたいことがあっても我慢して我慢して我慢する

全部自分で選択している。


何を選んで食べるか食べないか、しんどくて休むか休まないか、言いたいことをいうか言わないか。


決定権を持つのは「他人ではなく自分」


まずはそこから全てが始まっているんです。


よく「身体と心は繋がっている」と聞きますが、東洋医学の世界では内臓と思考・感情の関係性は明確。臓器や症状からだけで考える現代医療とは違って東洋医学は、その人の生活環境や性格、季節や住環境、嗜好や食べるものなど「その人を360度の視点で捉えて改善策を見出す」ことができる。

それはどういうことかというと、不調を起こしている今の生活全てに目を向けて、自分で「これが原因だった!」と気がつくこと。


どんなに医療や病気の知識が豊富な人からアドバイス受けても、自分自身にその認識がなければ行動に移せない。長続きしない。

健康管理も人任せ メディア任せ 病院任せ

「これが良い」「これは効く」ことばかりを追い求めて自分の足元は見ずに「効かなかった」とぼやく。


陰陽両局が存在するこの地球上での生活では

良いも悪いも実はありません。

食事も、仕事も、運動も、人間関係も、生活習慣も、偏った状態を続けた結果で体の不調は起こる。


陰陽のバランスを考えて生活をする「中庸」を目指して生きるのが


「実は自分本質で生きる生き方なのではないか」


そう思う今日この頃です。


ひまし油湿布って「今の人たちには必要なアイテム」だと実際やってみて感じます。

ちょっとずつでも良いので、それが広がるように頑張ってみようと思います。




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