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名もなき花
『予知能力』『予知夢』という言葉がある。
手元の辞書で調べてみると、“未来を予知する能力、物事が起こる前にそれを知る力”、“あらかじめ知ることが出来る夢、将来のことを予測するような夢”と、それぞれ記載されている。
いつだったか晩御飯の時に母とそのような話題になり、私が、
「お母さん、ひょっとしたらおれさ、そんな能力が少しあるかも知れんばい!」
と言った。
「例えばさ、高校受験も大学受験もほとんど勉強してなかったのに、なんか試験の後、これは多分大丈夫や!って直感があったし、登録販売者の試験の時も全く準備してなかったんやけど、試験終わったその日の夜、合格通知が郵送される夢を見たんよね。結果その通りになってるやん?」
「あんた、それは予知やなくて、単なる楽観主義でしょ!?あと思い込み!だけんそんな夢見たんよきっと。あんたがほんとに予知能力とか予知夢の力があるんなら、どんな問題が出るかを前もって知れるでしょう?」
なるほど、そうや!
母の納得のひと言で、私は平凡な人間だと簡単に解決した。
と、まぁ、そんな大袈裟な超能力の話は別として、人には誰でも長い経験の中で生まれる『勘』のようなものはあるんじゃないか?と個人的には思っている。
私は下の娘が産まれて間も無く、妻を病気で亡くしている。
二人の子供といつも触れ合い、一緒の布団で眠り、体を寄せ合って時間を過ごしていたので、
「おや、なんか今日はいつもより体がぽかぽかしてるな、今は熱がなくても後で上がって保育園から連絡あるかも知れんなぁ。」
案の定お昼過ぎに先生から連絡があり、そのまま病院へ、という経験も数えきれない。
小学校から帰って来た子供達に、
「あら!なんかいいことあったん?」
と何気に尋ねると、
「パパ、おれ、童話発表会の学校代表に選ばれた!」
「あたし、音楽会のピアノで優秀賞もらった!」
こんな出来事が二十年間の子育ての間幾度となく起こって来たが、これらは『勘』や『予知』と言うより、表情や体温、言葉の発し方などから分かる、親特有の力なのかも知れない。
さて、少し前置きが長くなってしまったけれど、つい先日、このいわゆる親特有の力というか、簡単な予知能力を発揮した出来事がある。
そろそろかなぁ。なんかそんな気がするなぁ。
「パパ、パパー!起きてた?寝てた?あ、ごめん。」
来た!!
夜中、いや朝方三時の娘からの電話である。
毎年この時期になると必ずと言っていいほど定番になっている報告と何かしらの相談を兼ねたYMO(夜中の、娘からの、起きてる?電話)だ。
「パパ、今年も沖縄行って来るけん!お土産何がいい?パパ、シークァーサーのお酒って飲めるんだっけ?あと熱中症の予防に良いって教えてくれた漢方薬って何だっけ?えっと今日出発!たくさん写真送るけん、待ってて!帰ったらお好み焼き作って!!あと豚バラの焼き鳥とキムチチャーハン!よろしく!!」
そんな感じだった。
娘は天国のママにそっくりで、天真爛漫、いっぱい泣いてたくさん笑う、まるでハイビスカスのような女性だと思う。
もし妻が生きていたら、自分にそっくりな娘を日々見ては、嬉しいのとびっくりするのとでどう喜んで良いのか分からなくなっているんだろうなぁとふと可笑しくなる。
子供が生まれる前、私と妻は東京に住んでいて、休みの日はいつも買い物や散歩に出掛けていた。
妻は新潟生まれの新潟育ち、私は京都生まれの熊本育ち。
なんの接点もない二人だったけれど、ひとつ共通していたのが、「暑いのがとにかく苦手」という体質だった。
ちょうど今くらいの時期は特に暑くて、歩きながら私はいつも汗びっしょりで、服は濡れ癖っ毛の髪はチリチリになり、そんな全部がコンプレックスだった。
「なんかごめんね。こんな汗っかきで。服も濡れる度にトイレで着替えなきゃだし、繋いだ手もベタベタしてて。」
「え!なんで?夏なんだし汗かくの当たり前じゃん!健康的で良いじゃん!それにさ、私だって手汗とかすごいからどっちの汗か分かんないよ。ほら、背中拭いてあげるよ!」
そう笑って、公園の日陰のベンチでハンカチを取り出してくれた。
「なんか子供の頃、新しい靴とか長靴買ってもらって初めて履いて学校行く時あったでしょ?最初のうちは汚れないように大事にしてるんだけど、一回水溜りとかに入って汚れたり濡れたりなんかしちゃうとさ、もう気持ちが吹っ切れて水溜りの中でバシャバシャはしゃいで、泥だらけになってさ、結局お母さんに怒られるんだよね。夏の汗もそんな感じ。一回汗びっしょりになったらとことん汗かきたいよね。夕方のお風呂とか楽しいじゃん!」
いつもそう言って笑いながら、しょんぼりする私を励ましてくれた。
そんな明るいママに娘もそっくりなので、親子ってほんとによく似るもんだなぁとつくづく思う。
「あ、パパ、車の上に置くシーサーとジンベイザメの置物買って帰るけん!なんかシーサーは幸せを運んでくれるらしいよ!」
「え!?車の上?どうやって置くの?走ったら風で飛ばされるんじゃない?」
「あ、間違えた!玄関の前だった!車の上じゃなかった!んじゃパパ、そろそろ出かける準備するけん!バイバイ!またね!」
可愛らしい台風が過ぎ去って行く感じがした。
今日は休みだ。娘からの電話がなければ、いつまでもダラダラ寝ていたかも知れないなと、燃えるゴミを出しに外へ出て、歩きながら思った。
車の上にシーサーとジンベイザメの置物かぁ。
すごい言い間違いをするもんだ。
もちろん置いて走ったりはしないけれど、もし乗っけて走ったら、妻が遠い天国からでもこの車をすぐに見つけて、笑ってくれるかなと思った。
きみの残してくれた娘は、ほんときみにそっくりだよと、朝日を眺めながら小さく言った。
さてさて、娘はそろそろ空港だろうか。
いつも朝早くに起こしてくれて、ありがとね。
いつも泣いたり笑ったり、パパに笑顔と勇気を与えてくれて、
頼りないパパを、いつも「パパ!パパ!」と呼んでくれて、
こんな頼りのないパパの子供でいてくれて、パパの子供として産まれて来てくれて、ありがとう。
パパは名もない小さな花だけど、向日葵みたいなママと、ハイビスカスみたいなあなたの家族でよかった。
あなたのパパで、よかった。
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