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フラミンゴが笑った日
私は現在、あるドラッグストアに勤務しています。
登録販売者として、医薬品や健康食品の接客、販売に携わっています。
毎日たくさんの人と話す機会があり、それに比例して多くの出来事にばったり遭遇出来るのもこの仕事の魅力だと思います。
クレームで意気消沈したり、感謝の言葉に救われたり、日々発見と勉強の連続です。
私が常駐する医薬品コーナーは、店舗の中央に位置し、お店全体を見渡せるようになっています。
開店してすぐ、毎日ほぼ同じ時間にやって来るおじいちゃんがいます。
私が勤務し始めてからの顔なじみで、朝の会話が一日のスタート、仕事モードに頭が切り替わる日課となっています。
パンを二つ、栄養ドリンクを二本。
これがおじいちゃんの定番です。
健康の話を聞き、ちょっとしたニュースや世間話をします。
シワひとつ無い背広、整髪料できちんと整えられた髪、白いあごひげ、言葉遣いも丁寧な紳士です。
もう随分と昔、若い頃から左手が不自由だということで、お買い物の品を袋に詰めてあげるといつも無邪気に笑ってくれます。
今朝は珍しく、奥様とご一緒です。
「いつも来て下さってありがとうございます。」
とお礼を伝えると、手提げ袋の中からみかんを取り出し、
「これ、食べて下さいな。」
と、にっこり笑って下さいました。
「わぁ、美味しそうですね!みかん大好きなんで、あとで食べます!」
色のしっかりついた、見事なみかん。
おじいちゃんが言います。
「松本さん、今日はな、ちょっと洗剤の場所まで案内してくれんやろか?食器洗うやつを見つけ切らんで。店の広いけん、迷うとたいな。」
以前おじいちゃんが少し話してくれたのですが、奥様は脚が不自由らしく、シルバーカーを使って歩いておられます。
「杖だけだと、ちょっと心配でねぇ。」
「ほら、脚がこんなやけんな、普段は買い物はおれひとりでするとが仕事なんやけど、洗剤は嫁に聞かんば分からんけん。」
売り場に着くと、おじいちゃんがお礼を言い、さっそく商品を手に取り裏の文字を読み始めました。
「あんた、その洗剤は家にあるでしょ?それが使いにくいからほかのを買いに行きましょってなったからあたしもついて来たんじゃないの。同じの買ったって意味ないもん。その隣のを取って見せてよ。」
と、慌てた奥様。
それを聞いたおじいちゃん、
「お前はいちいちおれが選ぶ物に口出しすんな!!これを見たいから見とるとぞ!ごちゃごちゃ言うな!説明書きをちゃんと読んどるとこや。ごちゃごちゃ言われんでもよかと。松本さん、これに決めた!十本ばかりレジまで運んでくれな。」
「あんた、そんなにいらないでしょ!」
「うるさい!賞味期限もなかっぞ!文句言うな!欲しいもんは何本でも買うわい!」
なんともまぁすごい会話です。
昭和時代の立派な亭主関白というかなんというか、長年連れ添った誰にも分からない絆と貫禄とでもいうか、おじいちゃんの鶴、いや鷹のひと声の迫力はすごいもんです。
「今日はな、これを連れて来とるから、すまんけどタクシー呼んでもらえるかな?いつもの駐車場で待ってるから。」
医薬品カウンターに戻ると、いつものパンと栄養ドリンクが置いたままになっていたので、走って駐車場へ向かいました。
出口付近でお二人の姿を発見すると、おじいちゃんが奥様の腰に手を回し、段差で転ばないように優しく支えています。
シルバーカーの車輪を右手で抱え、奥様を守るように表へ出ると、車に注意を払いながら横断歩道を渡ります。
奥様は、おじいちゃんの少し乱れた背広を直し、埃を取っています。
鶴や鷹の夫婦が、大きな翼で互いを守るように。
私が買い物袋を渡してみかんのお礼を言い終わる頃、タクシーがやって来ました。
おじいちゃんは、奥様を抱きかかえるように、座席に座らせました。
休憩中、喉が渇いていたのでさっきのみかんを口にすると、とても甘くて美味しくて、喉も心もすっきりしました。
おじいちゃん夫婦は、今日も一緒に仲良くパンを食べ、たまには言い合いなんかをしながら、並んでドリンクを飲んでいるんだろう。
あれだけたくさんの洗剤があれば、一年くらいは買わなくてもいいんじゃぁないかな、と、可笑しくなった。
ふたりは、お互いの手となり脚となって、ずっと支え合って来て、これからも、もっと支え合いながら生きて行くんだろう。
フラミンゴは片脚で夜眠るというが、私たち人間はそうはいかない。
誰もがみな、誰かを支え、
支えられて生きているんだから。
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