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説明、パート2~ジブリ私記21

0~この続き物としてのコンセプト


 この続き物は行き当たりばったりに話題が錯綜して進んでいるのですが、以前にも書いたとおり、基本的には最新の投稿が終わった段階の「雰囲気・余韻」を受け継ぐようにして、次の投稿内容を決めるようにしています。
 そんな風にしているのは、いずれ将来、この私記を全体通して読むひとが現れたとき、続きものとしての流れをもって読んでもらいたいという希望があるからです。そういう読者の最筆頭はぼく本人なのでしょうけれど。
 またもうひとつの理由としては、これを書きつつある「いま」、自分に課題を(前回こういう感じで終わったから、さて次はどう受けるか?)課しておくことで、自分本位に書いていくのを妨害したいからです。最優先で「書きたいこと」を妨害することによって、この回想記は「ふくらみ」を帯びてくると思うのです。「書きたいこと・訴えたいこと」を最優先に書いていったら、誰彼を告発したいとか、こんなジブリはダメだ、といった話題ばかりが詰まってしまって、回想記としてはやせ細ってしまうでしょう。
 それでいて、「じゃあ、今度書く話題はこれだ!」と決めて書くと、だいたい予想外の方向と情熱で書き終えています。で、「さて、こう終わってしまった……この次、どうなるんだろう?」と途方にくれて、宿題が増えていく=回想記として終わりが延びていく、という恰好になっていきます。
 そんな感じでこの回想記は毎回毎回、案外苦しみつつ楽しみつつ進行しています。

1~演出助手って何の仕事?

 前回は研修のことを書きました。本当は研修の3ヵ月のことなら、何といっても撮影での経験がぼくの中でとても大きく、書きたいことはいろいろあるのですが、まだ準備が整っていないし、「まだ機が熟してないな」という感触はあるのです。奥井さんの存在感、撮影作業のひとつひとつの手触り、そしてウルフルズの「ガッツだぜ」……。

 作画、仕上げ、制作進行、撮影と各部署への出張研修が終わって2か月ほどだったでしょうが、研修期間最後の1ヵ月で、本来の所属する部署「演出助手」にようやく配属されました。
 『もののけ姫』制作当時、スタジオビル2階の西半分を占めていた作画ブースに、さらに小ブースとして(北側へと)囲われるようにして「メインスタッフ」ブースがありました。
 また例のごとく位置関係まで書くとそれだけでくたびれてしまうのでそこまでは書きませんが、宮崎さんに、安藤さん、高坂さんら作画監督、動画チェックの館野さんに中村さん、斎藤さん、演出助手に伊藤さんと有富さんがいました。
 メインスタッフブースに入りきれない形で、ブースに最接近する形で作画側の机の並びの中で、近藤喜文さん、中込さん、そしてぼくが隣り合わせ、背中合わせで机を並べていました。
 制作のメインスタッフをひとブースの中で囲んでしまうのは、単純にやりとりが早くて楽だからなんでしょうね。監督と作監は机から横へ声をかけるだけでいいですし、作監と動画チェック同士も机から立ち上がって数歩で声をかけられるし、メインスタッフが何かお願いしたいときは椅子を半回転して演出助手(演助)に声をかければ済みますし。

 ぼくが属していた「演出助手」ってなんの役割・部署なんでしょう?
 これを読んでいる人はアニメに詳しかったり、アニメ関係者が多かったりするかもしれませんが、ここではそういう人には辛抱願って、知らない人向けに説明させてもらいましょう。
 実際、ジブリをやめて大学院に進学したとき、何百回となく「石曽根さんって、ジブリで何やってたんですか~?」という質問をされて、困りましたね。
 まず「アニメで仕事をしていた=アニメーターだった?」という素朴な発想に断りを入れないといけませんでした。
 で、「アニメーターじゃなくて……実写映画で言えば、助監督みたいなことをしてましたね」と答えたものの、実写映画とアニメーションでは、作り方が根本的に違うわけで、『制作チームの中での役割』としては演出助手と助監督は似通ってはいるものの、実際にやっている仕事はあまりに違いますしね。
 『もののけ姫』の制作で一年間、実際に具体的な仕事をやっていた経験から言えば、「各部署から上がってくる素材(作画、背景、セル画など)のチェックをして、素材を次のステップへ渡す」というのが自分としてはしっくりくる説明になります。

 「じゃあ、演出助手って、制作進行とどう違うの?」と質問がくれば、それはもうある程度アニメに詳しいマニアの質問ですね。実際には、こういう突っ込んだ質問をしてくる人は、ジブリをやめてから四半世紀以上もの間、ひとりもいませんでしたね。

 演出助手と制作進行の違い。
 これはあくまで『もののけ姫』で経験したケースでしか通用しない定義かもしれませんが。
 「制作は『マネジメント』的管理、演助は『クリエイティブ』的管理」
 そんな風に理解しています。
 制作進行は、たとえば作画のどのカットがいついつまでに出来上がって、ブツとして確保できたか、そしてそれをスケジュール的・資材的に管理する。その素材は場合によっては、スタジオの外を出て、自宅で手がけるアニメーターさん宅を車でまわって、上がった作画素材を回収するというのも、大事な仕事です。
 それに対し演出助手は、その都度(制作進行の手を経て渡って来た)素材を、『監督をはじめとするメインスタッフが精査する必要もない程度に基礎的なレベルのミスがないか素材をチェックする』という仕事をしていました。

 たとえばタイムシートどおりに作画がそろっているか(番号がとんでいたり、ある番号の作画がなかったり)。あるいはタイムシート自体に不備はないか。
 これは動画チェックの仕事なのだけれど、動画がちゃんと色分け処理されているかの再チェック。
 セル画が仕上がってきて、(仕上げがチェックしながらやってはいるものの)色の塗り間違いがされていないか。
 作画と背景を組み合わせてみて、たとえばちゃんと足が背景の地面を踏んでいるように見えるか。
 などなど。
 特に、仕上がってきたセル画を、仕上がってきた背景の上に(規定の箇所に)置いて、ちゃんと間違いなくそれぞれの素材が組み合わさっているかを確認する「撮出し」(”撮影に出す”の意)は、演出助手の特別大事な仕事でした。
 この「撮出し」をめぐっては、ぼくがジブリを辞める遠因となる事件が起こるのですが、それはまたの機会にお話ししましょう。

 それからついでに「製作」と「制作」について。
 何が違うのでしょう?
 これも、普通のマニアでも、案外答えられないひとも多いのではないでしょうか。
 ぼくの理解では、「制作」は現場に密着した、アニメの制作行為。たとえば、誰彼のアニメーターに問い合わせて(社内でも・外部でも)素材を受け取り、中身を確認し、スケジュール表に記録して、次の段階へと受け渡すといった、あくまで人と人とを介した作業。
 一方、「製作」になると、作品制作を可能にする資金調達を含めた、より大きなマネジメントに相当して、ただ作品を制作し終えるだけでなく、どう興行する、資金を回収するか(パッケージ化も含めて)まで含めての管理=マネジメントという理解です。

 それ、違うよ、と確かな見識を持ってご意見くださる方は、コメント欄に記載していただけるとうれしいです。

2~説明その2として

 これは回想記なのか?という読者の疑問が出てくるような、役職の定義の話が続いてしまいました。
 ネット上で説明している「演出助手と制作進行の違い」とか「制作と製作の違い」とか、ぼくからすると、「う~ん……」というものばかりです。
 ぼくが勘違いしているか、定義をする人が厳密さを期すあまり、ちょっとわかりにくい説明になっているか、見ている立場が違うのか。ジブリのように「制作」と「製作」が一体化している例に対してどう言えるのかという点で難のある説明もあります。
 でも、ぼくが言っているのが正しいわけでもありません。
 ただ言えるのは、ぼくが定義している「制作進行」は、『演出助手の立場から見ると、こう違う』という点であり、『演出助手から見たときの「制作」と「製作」の違い』なんだなと今回、気づきました。

 こういうことも含めての回想記なのだと思います。

 ということで、入社3ヵ月目(2か月他部署で研修してきた)でぼくは演出助手になったわけです。これで『もののけ姫』は演出助手が3人体制になったわけです。チーフ、セカンド、サードで、ぼくはサードなのでした。
 先ほど、細かく説明したとおり、演出助手は各部署のパイプ役です(パイプ役なのは制作進行も同じですが、役割が違うのも説明したとおり)。たとえばレイアウト素材が出来てくれば、演出助手の3番目にその素材を見て、絵コンテと対照したりして、間違いがなければカット袋の演出助手の欄に自分の名前の略として「石」と書きマルをつけて作監に回し、作監、監督とチェックが終われば、それぞれのチェック印がついて、次の段階に進むことになって(次に原画を作成してもらうため)まずはその素材を制作進行さんに渡しに行くのでした。
 こういうことを各部署の各工程で素材がメインスタッフに渡るたびに、パイプ役として基礎的なチェックをするのでした。案外うっかりミスが多く、(演出助手として)3番手のぼくの番になって初めてミスを見つけることもありました。

 それでも「自分がここにいて、なんになるのかなあ?」という思いはありました。
 演出助手が3人もいる必要があるのか?とか、こういう基礎チェックを3人分こなす必要があるのか?と。
 「おれ、いらなくね?」今風に言ったらそんな感じ。
 いま振り返ったって、3人は多いのでした。『もののけ姫』の制作途中で(それはまた見方を変えれば『製作途中』でもあるのですが)突然加入する素人新人。
 『もののけ姫』の制作(製作)開始ごろから場所・次元を変えて同時並行して開催されていたアニメ演出家養成塾『東小金井村塾』で突然見出された人材を、急遽投入されたのでした。(東小金井村塾の詳細に関しては、有料記事ですが、こちらにあります)
 こういう投入劇は当時のスタッフの皆さんはどう思っていたのでしょう?
 ぼくは2年ほどアニメ業界にいただけなので、自分の浅い経験でしか物を言えないのですが、『もののけ姫』『となりの山田くん』の制作渦中で突然知らない人がスタッフとして机を与えられて現れるということがあり、その人はだいたい有能なアニメーターだと後で聞いて知るということが多かったです。
 そういう突然の人事が、メインスタッフやトップの間だけでとりきめられて、現場のひとりひとりはその情報を与えられないまま、本人が突然現れて、与えられた机で黙々と仕事をはじめる傍らで、スタッフ同士がこそこそといまさらに噂をするといった感じでした。
 その点、ぼくは急に(3月になってから入社の決意をして)決まったとはいえ、ほかの正規の(入社試験や面接、書類審査を経た)新人と同格な感じで入社式に参加して「正社員として」入社したわけですが、スタジオに入って「自分は余計者だ」という違和感はぬぐえないのでした。
 「自分は育てられるために、ここにいるのだ」、そう言い聞かせているときは多々ありました。しかしその言葉で納得する自分はいませんでした。
 自分が選ばれたことを証明しうるなにものかを、自分のなかに探し出すことはできませんでしたし、自分がなにかに応えられているといい得ることを果たしていると、決して思えることはありませんでした。
 自分がジブリにいて「何かをした」と思えたのは、ジブリを辞めてからかなり時間が経ってからのことでした。

 『もののけ姫』の場合、何かを成し遂げた気はしません。特に宮崎さんが、ぼくの跳ね返りぶりを知ってからぼくの存在を遠ざけただけに、より疎外感はあります。
 『ホーホケキョとなりの山田くん』の方が、企画準備の練り上げに立ち会え・参加できて、自分がいなかったらこうはならなかっただろうなと思える(参加できたと思える)印象はあります。
 その最大の成果物「山田くんデータベース」のことを話すタイミングではまだないですね。まさに「仕事は『する』ものではない、『つくる』ものだ」という業績なんですが。
 「山田くんデータベース」のことは、この回想記が『となりの山田くん』の話題へと本格的に入ったうえで、かなりコミカルな口調で回想できる段階になってようやく話し出せる感じがしています。

 というわけで今回はまた、「その20」と同じくアニメスタジオについての説明(取り扱い説明書)の「その2」みたいな内容になってしまいました。
 でも、こういう記述/叙述も回想記として組み入れられるのがこのジブリ私記です。


この記事を書き終えて、こんなぼやきをしました。


さて、つづきの記事はこちら。


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