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椿のトンネルを往って還る〜トキトコロノマリ
昨日は茨城県某所において、お花見がてらの原初舞踏散歩に出かけました。
その日は朝から風が強く、車で走りながら常にどこからか舞い落ちてくる桜の花びらを感じながら、集合場所にたどり着いたら、そこに素敵なお花のオブジェがありました。
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それはその素晴らしき1日の始まりとしては出来過ぎと言っても良いような予兆であったと思います。
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水が入る直前の田んぼが並ぶ里山のアップダウンを歩きながら、昔ながらの大地の中に暮らしていた人間の営みを感じながら、誰もいない村の中を徘徊して、たくさんの花の精霊に出会いました。
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そして、里山にはツバキのトンネルがありました。
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その中にスローで入っていき、向こうまで往ってから、またこちらに還ってきました。めくるめくツバキの世界の中でとても大事な時間を過ごさせてもらったのだと思います。
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写真を見ると、あの時体感していたことが甦ってきます。これだけの数のツバキの花に囲まれると、それは異次元に続くトンネルのようで、その中に入り込んだならば、人は普通ではいられなくなるような空間であったと思います。
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文字通り、往って還ってきたのだと思います。
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還ってきた時には深い満足感とありがたい静けさがありました。里山に伏流する水脈との同期を感じながら、身体の密度は何十倍にも濃くなっていたように思います。
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こうして人間は空間を凝縮させながら変態の時に向けて準備していくのかも知れないと思います。そのために、何度もこのようなトキトコロのトンネルをくぐるのだということを思いました。
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そしてやがてはみな身体を離れて逝くわけですが、持続の中に集積された珠玉の経験は失われることなく宇宙の営みの記憶として保管され、それが新たな宇宙の創造につながるのだと思います。
舞い踊ることはトキトコロノマイであり、そこにトキトコロノマリが凝縮されて生まれていくのだと思います。そしてそれこそが宇宙の創造の現場でもあるのでしょう。
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そこに歩を進めるためには、まず「われここにあり」と立つところから始めるということなのかもしれません。そしておのれを他者に開いていくとき、自ずと起こるべきことは起こるようになるのだと思いました。