『エピローグまで』(桃萌)
変幻自在な「じぶん」を見事に操る。その方法論は結晶みたいに複雑だけど、経験則が指差すから迷わない。雷紋の一筋を流れるその明るく眩しい銀は、ツヤツヤで繊細で、完璧な私だ。
「じぶん」はコントロール下に置かれている。喜怒哀楽は統計的で、操作性が高まるにつれてそれは簡単なゲームになる。
Aで人を笑わせて、Bで人に共感する。360度まわる矢印のボタンを勢いよく斜めにくねらせて、誰かの感情を急かす。
画面の中の小さな私は、ステージを次々とクリアするようにめまぐるしく対話をこなす。
HPが足りなくなったら魔法のポーションを使う。絶対に無くならないように、最大値の99個まで大人買いしておく。死んだって残機があるから何度も生き返られる。ステージクリアは朝飯前、レアアイテムの回収まで楽勝だ。
画面の中の小さな私なら、完璧だった。
だけど、「じぶん」は画面の中の小さな私ではない。
魔法のポーションは存在しないし、アイテムボックスだって現れない。残機は常に0だから、死んじゃったらおしまい。
全然、完璧なんかじゃない。
それに、手慣れたゲームだって悪手を踏みつづけることもある。焦って違う場所をダブルタップして、トゥルーエンドから遠ざかるかもしれない。ヒロインを怒らせて、二度と全クリできないかもしれない。
でも、それでもいい。
私たちは「じぶん」さえ失わない限り、
ゲームオーバーにはならないから。
まだ大きなステージの途中だから
完璧じゃなくていい。
服を汚さずにトマトスパゲッティを食べたい。
少しも濡れずに土砂降りの雨の中を走りたい。
できそうでできないこと。
できるかもしれないこと。
まだ辿り着いていないこと。
私はその数を数えるたび、
まだ未知の最中であることを思い知らされるのだ。
だから、
タイムリミットなんて気にしないで
寄り道しながら、休憩しながら、
ゴールまで歩こう。
ゲームオーバーにならない限り、きっと私たちは
このとてつもなく壮大なステージをクリアできるから。
(6月テーマ : 道程)
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