ミラージュ
朝、蛇口をひねるとことばが
流れ出ているように見えた
食器を洗う手から目を逸らして正対すると
身体の内側から境界たる皮膚と骨を
押しているような感覚がした
こもった熱にぼんやりとしながら
生きることと生きるを続ける理由を見つけていた
勇敢な旅人のいなくなった身体にとっての毎日は
途切れることこそないが怠惰で
そこに意思というものがない
低いところにただ流れていくだけでしかない
自ら動くことが出来なくなった無機物たち
風に揺れる様は誰よりも美しいけれど
動かされない限りそこにいることは
退屈ではないのかい
日に一度だけ動かされる薬
買ったまま放られたTシャツ
主を失ったスニーカー
物語は何度読み直しても
雄弁に繰り返すはずだけれど
読み終えてしまえばめくられることがなくなる
消費と蓄積と変容の循環にいなければ
置き去りのままに忘れ去られてしまうのだと
蝉の声が聴こえなくなりつつある朝に思うのだ
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