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鬱のしっぽ〜うつ病体験記
父が肺癌で亡くなって、母が鬱になった。
私もいろんな本を読んだり、ネットで調べたりしたが、母の症状にぴったりと当てはまる記述や活かせそうな対処法にはなかなか出会えなかった。
どれも、鬱の本質をついてはいないように感じてしまったのだ。
これはもう、私が側で母の状態を観察して、鬱という病について見極めて、鬱のしっぽをつかまえるしかないと思い至った。
たとえ、自分が鬱になってでも…
かなりざっくりとした説明になるが、鬱は、家族など大切な存在を失った悲しみや仕事や人間関係のストレスなど、激しいストレスが原因で、精神の安定などを司るセロトニンの分泌が減少することにより引き起こされる、 脳の病気であるということが言えるのではないかと思う。
そして、鬱病は薬だけでは寛解が困難な病でもあると思う。
鬱病で処方される薬には、睡眠薬など、依存性や副作用がある薬も多い。
それともう一つ、母や職場で鬱になった人を側で見てきた私から、付け加えたいことがある。
それは、鬱は、その人の性格の癖を助長する病でもあるのではないかということだ。
元から心配症の人はより心配症に、せっかちの人はよりせっかちに、頑固な人はより頑固になるように見受けられる。
このことが、人によってかなり症状の出方が異なると感じられる原因ではないかと感じている。
ただ共通の症状も、もちろん存在し、まずあげられるのが、自律神経失調症であると思う。
よく眠れない、朝起きれなくなる、一日中身体のだるさを覚え、憂鬱な気分がし、特に午前中はその症状が顕著になり、思考が緩慢になる。
今までなんなく出来ていたことが出来なくなる。(家事や仕事など)
さらには、自己肯定感が著しく低下し、「生きていてもしかたがない。自分には生きる価値がない。」などと思うようになる。
時に被害妄想もあり、「あの人が自分を悪く言っている。」などと言うこともある。
他人のちょっとした発言で、自分が否定されたように感じてしまう。
過去を振り返り、「あの時、あのことがなければ」といった悔やみごとを言う、などだ。
さらに厄介なのは、鬱という病は、本人も家族も、なかなか認めたがらないという点だ。
本人も、自分は病気ではないと言い、家族も自分の家族が鬱であるとは認めたくない、という気持ちがはたらく。
母もしばらくは、自分がうつであると認めたがらず、「あなた達がお母さんを病院に連れて行って、食欲がなく食べれないなどと言ったせいで、鬱と診断されてしまった。」「おかげで薬を飲まなきゃいけなくなった。鬱と診断されなければ、今頃もっと元気で、薬も飲まずにいられたかもしれないのに」と随分長い間、悔やみごとを言われた。
そう言われる度、自分が間違っていたのかという気持ちにもなり、罪悪感を感じ、辛い思いをした。
ただ、今となっては、自分が鬱だと認めたがらないのも、悔やみごとを言い続けるのも、うつ特有の症状だったのだとわかるのだが。
ある本に、話をできる限り聞いてあげて、気持ちに寄り添ってあげることが一番大切だと書いてあり、しばらくは私もそのように努めていた。
長い時間、母の話を聞く時間を持ち、「そうなんだね。分かるよ。」と相槌を打ちながら、「でももうちょっと、こんな風に考えてみたら?」という風に話していた。
それで母の症状が改善したかというとそんなことはなく、母の気持ちに寄り添おう、理解しようとすればする程、自分も精神的に落ちて行った。
そもそも、鬱の状態というのは、思考が極端にマイナスに傾いていて、こちらが何かを言ったからと言って、そのように考えられるようになる、というものでもないのだと思う。
鬱は感情が動かなくなる病でもあると思う。
表情がなくなる、というのも鬱の人に共通した症状であると思う。
母も笑うことも少なくなって、気弱なことを言うことが増えていた。
今から思えば、性格も本来の性格からずいぶん変わってしまっていたように思う。
母が本来の性格を徐々に取り戻していったきっかけは、よく笑うようになったことだったように思う。
サブスクで韓国のラブコメドラマを見るようになり、「おかしい!ウケる。」と言っては大笑いしていた。
それと、YouTubeで韓国アイドルのMVを観るようになり、ダンスも歌もすごいと感動していた。
私は母を側で見てきて、うつ状態から抜け出すためには、たくさん笑うこと、感動すること、誰かに必要とされること、がとても重要であると感じる。
孫が産まれたことがきっかけで、劇的によくなってくれないかと期待したりもした。
もちろん、すごく可愛がっていて、世話もしていたが、一緒に住んでいたわけではなかったので、毎日会えるわけではなく、それだけでは十分ではなかったのかもしれない。
これは、人にもよるのかもしれないが、鬱にはある程度激しい刺激も必要なのかもしれないとも思う。
母はまだ睡眠薬なしで眠れるようになった訳ではなく、自律神経失調症も完全によくなった訳ではないが、以前と比べるとずいぶん前向きになったと感じる。
笑うこと、感動することは、すべての病において有効なのではないかと思っている。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
何かしらの参考にして頂けましたら幸いです。