45. 祇園祭と、老松の夏柑糖。
東京から、Nが帰省した。「ことしは祇園祭が3年ぶりにあるというので、祭気分を味わいに帰った」という。仕事の都合で、3日しかいられない。そこで後祭の宵山には一日早いが、炎天の京都へ繰り出した。
出町柳界隈を歩き、糺の森、下鴨神社を参拝。氷室の氷が自慢の「さるや」のかき氷を食べて、イラストレーターの知人が催している「草と本」のイベントへ。
夕方。風がふわりふわりと吹く。駒形提灯に赤い灯が入る四条烏丸の烏丸通りや堺町へ入る。
3年ぶりとあって、人出も多く、地元の保存会の衆も気合いが入り、いつにもまして、人の姿に活気がある。
北観音山・南観音山の山鉾をみる。浴衣姿の男や女が、わらわらと山鉾のまわりで歓談中。きょうは、山鉾の曳き始め。せいぜい鉾がみられたら、と思ったら、白地の浴衣姿の男たちが次々に鉾へ乗り込む。祇園囃子の演奏がはじまった。能や狂言を演じたことの名残ともいわれる、太鼓(締め太鼓)・笛(能菅)・鉦(摺り鉦)の生演奏。古から聴こえる和の音色。青い水色の町に、火のようにゆれる提灯。
ソーレー♪ モヒトーツ♪ヨイヤなどの合いの手も、いい雰囲気。「やっぱりええなあ」この祇園囃子、鉾の絢爛豪華。天をつく矛先の潔さよ。京都の夏は、これでなければ。
路地裏に入り、屏風祭の家々をのぞく。だんだん、薄暗くなってきた。鯉山、浄妙山、黒主山、八幡山へ。そして大船鉾についた。てぬぐいや、ちまきを販売していたので、さっそく購入した。
大船鉾は、「厄除けと安産のお守り」。ご神体は、第15の応神天皇の母上にあたる。三韓征伐を成し遂げた勇ましい武の側面をもつ皇后らしい。危険な状況の中でも見事に応神天皇を出産し、立派に育て上げたことから、安産祈願や子育大願になるそうだ。
明日、帰宅するNに訊いた。
——京都みやげにはなにがいい?
——京都らしいもんね
で、思いついたのが、北野天満宮の膝元にある老舗の和菓子「老松」の「夏柑糖」だ。
つるんと寒天なめらか、苦味の風。一つ、まるごとのだいだいの、夏菓子である。
リボンがゆるくかけられた包みをほどいて、さっそくにひとつ。冷やしたての、夏柑糖をいただく。
この大仰な包装が、すこぶる気持ちをかりたてる。
半分にナイフをいれた。外の風があたるベランダに出て、木のチェアに座って、欅をあおぎながら、口に運んでみた。香りの宝石とはまさにこれ。鼻先まで持ち上げて、だいだいを薫る。
ぷるんとした舌触り、ひんやり。酸味がすっきりときれていく。ああ、上品。このほろ苦さは、大人の氷菓子だ。
萩の契約農家から、仕入れる稀少な夏みかん。夏みかんの中のある小袋を職人が一つ一つ手で取り出し、小袋についている苦みの強いシロジュウを取り除いて果汁を搾っている。寒天が冷めたところで、果汁をあわせて、仕上げ。1個1460円である。
翌日。さっそく夏柑糖の皮を小さく刻み、夏みかんジャムをつくった。手が柑橘のよい香りで満たされた。瓶を煮沸して、砂糖は果肉の半分より少し少なめで。苦味の風吹く初夏のジャムが完成した!
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