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LINEがつかれる理由

わたしはライターとして働いているが、テキストコミュニケーションは至極苦手だ。
とくに、LINEをはじめSNSのDMなど、スマホアプリ×チャットが基本のやりとり。

「いつもお世話になっております」だとか、「お忙しいところ大変恐縮ではございますが◯◯していただけますと幸いに存じます候」のようなまどろっこしい表現を比較的省ける点はたしかに便利。

だけど「短いが善」とする暗黙の了解、短文(というよりもはや単語)が連続で送られてくる「ぴっぴこ感」が、わたしにとっては時に暴力的に感じられてならない。

会話に近い感覚でタイプするため、主語や目的語が過度に抜け落ちているケースも多い。
それでは伝わるものも伝わらない。
なんか会話が噛み合わないとやきもきしていたら、実は認識が大きくズレているなどが頻発する。

LINEは会話「風」なだけであって、会話でない。
声色、表情といっただいじな情報がやりとりされない。
面と向かって話していたって認識違いは起こるのに、ましてやテキストオンリーならミスコミュニケーションの確率は跳ね上がる。

省略された言葉を、ただでさえ短い文脈から推察して補って読み解く作業は、けっこう負担だ。

返信を打つときも、長くなってはいけない。
だから削れる言葉を慎重に削り、削っても意味が通ずるかどうか複数回推敲してから送信ボタンをタップする。

推敲といったって、記事とは違う。
大体の場合「ひと晩寝かせて」は長すぎる。

下手したら1メッセージ送信するまでに30分以上かかることもあるが、それだけ文章をこねくりまわしても意図したようには伝わらないときもザラにある。

だからLINEは好きじゃない。
読み手にとっては暴力的だし、読み手から書き手に変わればめちゃくちゃなサーブを必死に走って拾いにいき、レシーブは相手が打ちやすいポジションに着地するように気を遣わなければならない。

わたしは仕事のやりとりでLINEは使わないと決めている。
したがって返事が多少遅かろうが問題にならない連絡しか受信しないため、通知も基本的にはOFFにしていて「返事が遅い人」で通っている。

さらに、基本的には捉え間違いのない要件か、間違われてもかまわないどうでもよい内容しかやりとりしないようにしている。

たとえば「◯時に到着します」とか「今から帰ります」は、間違えて解釈する余地がないだろう。

もしくはコミュニケーションをとることそのものが目的で、内容はどうでもよいやりとり。
しばらく会っていないけれど、最近元気にしているかな?とふと顔が浮かんだあの人に連絡をとってみるときなどがそう。
ちょっとした近況報告は、そりゃあ解釈を間違えないほうがよいけれど、別に正確に捉えられなくたって「あ、元気そうなんだ、よかった」とわかれば別に問題ないから。

スマホアプリ×チャットのコミュニケーションは、インスタントでお手軽だけど、そのぶん相手に投げているのはまあるいボールではなく、石ころなんだと思いたい。

角々しい石つぶてを投げられたらしんどい。
だからせめて、言葉や表現を磨いて角をできるだけとった状態で相手に投げたいと思う。

「送信」のアイコンは紙飛行機が一般的だけど、実際に投げているのは紙飛行機ではなく石ころだと意識したい。

そんなことをふと思った夜である。



今日も読んでくれてありがとうございます。
あなたがLINEで気をつけていることはなんですか?

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