やりたいことは白紙のまま
GWに「燃え尽き」に関する本を読んだ。
がんばりたいのにがんばれない人は、がんばる理由をもう一度考えてみよう。
理由を再確認したら、どんな自分で在りたいか、日付の入った目標を立てよう。
目標を無理なく達成するために、やりたいこと・やるべきこと・やらないことを5つずつ決めてしまおう。
と、書かれていた。
∽∽∽
正直、今のわたしは「がんばりたいのにがんばれない」のではなく、「(今は)がんばれなくても別にいいや」と、実に投げやりな姿勢である。
しかしながら収入も筋肉も増やしたいし、ストレスは減らしたい。実に都合のよい考えである。
がんばらずに収入も筋肉も増えるなら、みんな大金持ちのマッチョだろう。
別にわたしは「がんばりたくない」と思っているのではない。
今はがんばれなくてもよいと思っているだけだ。
したがって、希望を叶えるにはいずれ、それなりに、がんばる必要があるだろう。
それに7月に大イベントが2つも控えているため、どっちみち6月はちょっとがんばらなきゃいけない予感がしている。
ものは試しで、本に書かれていたことを考えてみた。
がんばる理由は再確認できた。
日付の入った目標は、とりあえず100日。
やりたいこと・やるべきこと・やらないこと…。
やっぱり「やるべきこと」はスラスラ思い浮かんで、5つに絞るのが大変なぐらいだ。
しかし「やりたいこと」が全然思い浮かばない。
ここでは「自分が好んでやりたいこと、やると自分が元気でいられること」と定義されている。
ほかになにかヒントはないかと穴が空くほどそのページを繰り返し読んでみたが、それ以上の手がかりは得られないし、やっぱりなにも浮かんでこない。
やっと思い浮かんだ「本を読む」をひとつめとして紙に書いてみたが、本を読んで自分が元気でいられるか、ちょっと想像がつかない。
次は「筋トレ」と書いてみるも、好んで取り組むというより、むしろ重い腰を上げてジムに足を運ぶ自分が容易にイメージできる。
どちらにしても紙に書いた時点で「TODOリスト」のように感じてしまう。
やりたいことのはずなのに、知らないあいだに「やらなきゃいけないこと」へとすり替わっていて、できない日が続いて自分を責める様子が脳内再生された。
あー、もう、やめやめ。
やりたいことなんて、ないほうがいいわ。
∽∽∽
かくしてわたしのリストは今のところ、やるべきことと、やらないことのみが書かれている。
…それはそれで、なんだか寂しい。
「何がやりたい」というよりも、そのとき「やりたい」と思ったことをやりたい。
「義務感に変わらない、やりたいこと」をやりたい。
あと、意外とわたしは「やりたくないことを、やらない」だけでじゅうぶんなのかもしれない。
時間をかけて考えれば浮かんでくるわけでもなさそうだが、今月の仕事がぜんぶ終わったら気分ももうすこし上がることを期待して、今週末まで延長戦に持ち込もうと思う。
それでも思い浮かばなかったら、寂しいリストを携えて100日をスタートしよう。
やりたいことなんて、別になくたっていいや。
だって今はがんばれない自分でいいし。
と、だいぶ屁理屈な読者になってしまった本はこちらです。
今日も読んでくれてありがとうございます。
あなたの「やりたいこと」はなんですか?