「今」の特異性と普遍性
500年前の人や2000年前の人は、未来をどこまで想像していたのだろう。「今」は、昔のいつかにどっかの人が一日だけでも行ってみたいと思った未来なのかもしれない。
空を飛べ、円周率が60兆桁も分かり、カードをかざして電車にのれ、寝っ転がりながら物を買え、世界中の画像、映像を見れ、音を聞け、人と話せ、分からない言葉をすぐに調べられ、130億光年離れた130億年昔の光を見て、平安時代の一生分の情報量を1日で得る時代だというのに、
上には昔の人が見たのと同じような空があり、星があり、月があり、太陽があり、歩いていくと海があり、
人はご飯を食べおいしいと思って喜び、二足歩行し、温度を感じ、人間関係で悩み、病原菌におびえ、考えなくていいことや心配してもしょうがないことも悩み、いつかは忘れ、いずれは死んでしまう。
「今」の特異性と普遍性の混在。それがなんだか面白い。
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