人生がきらめきすぎている話
約1年かけた就職活動が終わった。
21歳で「さあこの先の人生どうするの?!」と
問われた私は頭が真っ白になってしまった。
ものすごく悩んだ。
だって私の人生なんにも残ってない。
小さい頃習ったバレエやピアノ、書道は
今もうなにも覚えていない。
がむしゃらに勉強した中学受験の問題も、
もう解けない。
中学高校も真面目に勉強してテストの点は
いつも悪くなかったけれど
覚えていることといったら
先生のモノマネくらいだ。
部活だって真面目にやった。
けれど努力は報われないまま終わった。
ハチャメチャに遊んだわけでもないし
友達がたくさんいるわけでもないし
なにか好きなことがあるわけでもない。
ただ淡々と目の前のことをこなしてきた。
周りの人に認めてもらえるように、
仲間外れにならないように、
バカにされないように、
サラサラ~と流されて日々を過ごしてきた。
川を流れる枯れ葉のような私の人生。
振り返ってみるとすべてが浅すぎるのである。
全部が80%くらい。
なんでもとりあえず
浅くこなしてきてしまった。
どうにか生きてこられてしまった。
もっと頑張ればよかった、
みたいな後悔はないけれど、
もっと熱中すればよかった、
という後悔はある。
だから、就職活動のなかで
「将来あなたはなにを成し遂げたいですか?」
「あなたの強みはなんですか?」
「自分を思いっきりアピールしてください!」
なんて言われても、
なんにも言うことがなかった。
唯一、自分の強みだなと思うのは、
「真面目」であること。
不器用ながらも、
目の前のことには「真面目」に取り組む。
人に頼られたらめちゃくちゃそれに応えるし
人に頼ってしまったら
それ相応の頑張りで返す。
失望されたらおしまいだから
ルールや約束は絶対に守る。
ただ、この強みも
「つまらない人」としか伝わらない。
そりゃそうだつまらない人生だもの。
なんかひとつのことに
没頭しておけばよかった。
私のバイト先には、
ひとつのことを極める人がたくさんいる。
音楽活動をしながら働くとある先輩は
「おれ音楽してないと生きてないから」
と言っていた。
最初きいたときは意味わからなかったけど、
ああこの人は死ぬまでの暇つぶしに
音楽を選んだんだなと思ったら
ちょっと羨ましくなった。
私がたまに口ずさむ言葉。
すがりつくように、歌いたくなる言葉。
"どうせ人生死ぬまでの
長い暇つぶしなんだから"
コレサワさんの「死ぬこと以外かすり傷」
という曲の歌詞。
(この記事にも書いた↓)
この言葉を口ずさむと、
なんかちょっと肩の荷が下りる。
そうだよな、たかが暇つぶしだよな。
過去を振り返れば
つまらん人生なのかもしれないけれど
それでも私は幸せで。
21年間たのしく暇を潰せたわけで。
これから先も、今自分がやりたいと思う、
幸せに生きられる暇つぶしを
していけばいいじゃないか。
さてなにを選ぼう。どうやって暇をつぶそう。
そう考えて出た答えが、
「たくさんの人に影響を与える仕事」だった。
真面目にサラサラと生きてきた私が
満たされる瞬間って、人と影響しあえたとき。
そして自分という存在に気づいてもらい、
認めてもらえたとき。
例えば
バイト中、
誰も気づかない小さな問題に気づいて、
「さすがまっすー!」と言われたとき。
ミュージカルで人の努力や想いに触れ、
1週間余韻に浸るくらい
大きく心を揺さぶられたとき。
家族みんなで食事を囲み、
私が言った冗談にゲラゲラ笑ってくれたとき。
人の生活や行動に
ちょっとした影響を与えられると同時に、
いろんな企業の人の想いに
影響を受けることができる仕事がしたい。
平凡サラサラからっぽ人生だからこそ
今私がやりたいと思う仕事をしよう。
結果こんな私を受け入れてくれる企業が
見つかり、無事に就職活動を終えた。
ずっと私の中で見つけられずにいた
「自分らしさ」。
なんのために生きてるのか。
なにが私の人生のきらめきなのだろうか。
考えても考えても、
どうしてもわからなかった。
過去の経験とか、考え方とかで
なんとなく表現することはできるけど、
これって言い表すことができない。
ズドーーンってハマる言葉が見つからない。
きっとここまで読んだ人も、
私という人がどういう人なのか
なんとなくはわかるけど、
うまく言葉にはできないと思う。
例えば、私の尊敬する藤原しおりさん。
彼女のYouTube動画のなかで出てきた
「自己中だけど気使いい」という表現が
すごく共感できたしピタッとハマった。
(なぜ突然藤原しおりさん?
と思われた方はこちら↓)
(そのYouTube動画が気になる方はこちら↓)
人に伝えたい自分の考えや軸は強く持っていて
けれど同時に
それが人にどう影響を与えるかも考えちゃう。
だから「自己中だけど気使いい」。
なるほどな、と。
ただ、ちょっと違う気もする。
そりゃそうだ私はこの世で1人しかいない。
たったひとことの枠で収まるほど
私っていう人間は単純じゃない。
あいまいで、なんとなくで、複雑で、
いろんな面をもっている。
"空を見るのが私のきらめきかも。
歩くのも上手よ。"
映画「ソウルフル・ワールド」で、
人生のきらめきを探し続ける
「22番」というキャラクターのセリフ。
音楽や勉強、スポーツとか、なにか特別な
生きる意味をずっと探していたけれど
実はそんなの必要なかった。
朝日が昇り、落ち葉が落ちて、
美味いピザを食べる。
ただそれだけで、
生きているだけで人生はきらめいていた。
日々の生活の中に、
「22番」らしい人生が詰め込まれていた。
こんなもんでいいんだと思う。
こうやって深夜にダラダラ
noteを書くところも、
単位にならないオンライン授業に潜り込んで
めちゃくちゃ勉強するところも、
寝る前にどうしても
お菓子を食べたくなっちゃうところも、
風呂でCD1枚分の曲を歌いあげちゃうところも
全部私らしさだ。私の人生だ。
そう考えたら、
人生がどんどんキラキラして見えてきた。
別に今まで生きてきた21年間も
「つまらん人生」なんかじゃない。
私は「からっぽ」なんかじゃない。
私の人生は、毎日きらめきだらけだ。
ちょっとしたきらめきを大切にしながら
長い長い暇つぶしを
これからも楽しめたらいいなと思う。