生きる着物

失敗を繰り返し、遠回りしながら、なんとか生きてるタイプの人間がいると思うが自分はまさしくそれだ。

着物のイメージはどんなだろう?
私は数年前まで着物とは祝い事の席で着るもの、それも人生で何度か、お金を払ってでも着付けてもらう、自分で着付け?ぜったいムリ!
という感じだった。
とにかく縁遠いもの。ところが。ひょんなことから日舞を習うことになり、縁遠かったものが急に3センチくらい目の前の至近距離になった。
お稽古でも皆さん着物を着ている。というか、基本的に自分で着てこなきゃいけない。着物?着れません、浴衣だったらなんとか・・。
自己流で動画を見てなんとか浴衣を着れるようになり、着物?無理です。
着物を自分で着る発想すらなかった。

季節は冬になり、もうお稽古場で浴衣では相当寒い。去年は無理矢理下に着込んで浴衣で冬も通したが、今年はそれさえも無理な気がしてきて、重すぎる腰をよっこらしょと上げることにした。
まずは着物を半幅帯で着ることにした。
襦袢がまったく決まらない、襟がパカパカ、ズレズレ、着物のおはしょりもぐちゃぐちゃ。もー見てられないくらいの姿でお稽古へ。
着物のプロたちがたくさんいるのに、何も言われない。逆にそれが怖い。
なんか言ってくれー。
それでもぐちゃぐちゃなまま、恥なんて桂川に捨て去って、自己流のままお稽古に通い続けた。とにかく踊れたら、それでいいと思っている。

着物の最大の難関、袋帯のお太鼓。これは着物のボスキャラだ。見た目は美しいけど、あの立派な感じが人を遠ざけさせるイカつさを醸し出している。ていうか、どーなってんの?あれ?
私はいつもの着物と袋帯を持参して、義母と着物好きなお友達と、YOUTUBEで必死で睨めっこしながら、帯の結び方を練習した。
え?これどーなっての?わかんない、ちょっと巻き戻してください!あれ?どーいうこと??え?
大人が3人もわちゃわちゃとしてる姿は、滑稽を通り越した光景。
なんとか無事に完成した。

だがイマイチ確信が持てないので、数日後、義母とランチの約束の際に、復習を兼ねて着付けていくことにした。前回と違う動画を見てしまったのがいけなかった。肝心のお太鼓が全く完成しない!雲を掴むようなことを繰り返していたら、もう時間。半幅帯に変えて、貝の口という結び方で出かけることにした。
この貝の口、一年前にはよくわからなくて結べなかった結び方である。それがもう、切羽詰まった状態で結べるようになっている・・!人間は、というよりは私は、追い込まれないとできないのだ。ということは、追い込まれれば、なんだってできる、ということなのかもしれないが。

その後、義母に付き合ってもらいながら、お太鼓特訓をした。シンプルに、何度も繰り返す方法だ。練習は裏切らない。
義母が親切心で手伝ってくれようとするのだが、自分の身にならないので何度も「自分でやらせてください」を連呼しながらし続けること、数回。
あれ?なんや、これでいいんや?できてるやん、とりあえず、結べている!
全身に自信がみなぎる。あのボスキャラを倒してやったった、という感覚である。
もう十分上出来、花丸を自分に送る。

ある晩御飯のとき、息子と今年の目標の話になり、あ、と箸を止めた。
「お母さん、もう今年の目標達成したわ!」
私が今年1月に掲げた目標は、息子の小学校の卒業式までに(つまり後1年ちょっと)自分で全て着付けできるようになることであった。
しかも義母から譲り受けた黒絵羽を羽織ろうと思っているので、大体は誤魔化せる・・!!

息子は「へえ〜すごいやん」と言った。

次なる目標は、フォーマルやお稽古着としての着物、ではなく、ちょっとそこまで的な、着物がまだ日常着だった頃のような感覚で、さらっと着れる『生きる着物』が着たい。
月謝を払って着付け教室に行けば、数回で学べるようなことを、ずいぶん遠回りして身につけてはいるが、今しばらく笑って見届けていただきたい。









これだけは言える。間違いなく、注意、指摘してくれる人は親切なのだ。





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たみい
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