ハートにヒビが入るほど綺麗な海を探しに行く物語-9-
あたしは数時間のあいだにこの島で様々な危険な目にあった。
しかしそれと同時に今まで体験することのなかった経験ももたらしてくれ、あたしはこの島を愛してしまっていた。
最後の帰りの船の時間が近づいていたが、できることならもう少しとどまりたいと思った。
ドイツの邸宅も、洞窟も、まだ辿りついていない。
あれだけ危ない目にあったにもかかわらずあの砂浜の先にもっと行ってみたかった。
ボンゴヨ島は無人島で、泊まれる施設はない。しかしキャンプはお金を払えばすることも可能だった。
キャンプテントも寝袋も持ってきてはいなかったが、一晩この島で寝て、早朝の引き潮の始まりから探検を始めればサメの脅威におびえることなく島を一周することもできるだろうと思った。
ただ野宿と言ってもそのまま寝たら蚊にひどく刺されることは間違いなかった。
覚悟の上で島にいる管理小屋のスタッフに、今夜、泊りたいんだけど、と尋ねた。
突然の申し出に訝るスタッフに、構わず続けて何か蚊帳とかテントは貸出しているの?と聞いた。
「キャンプ道具を持ってきていないなら、バンダの下でベッドを借りて寝るしかないよ。」と彼はいった。
「この島にはベッドがあるの?」と、予想外にスプリングの入ったベッドマットと清潔なシーツがあるかもしれないことを期待して聞き返したら、彼は顎でバンダの下に並んだ木でできた寝椅子を指し示した。
やはりそんなところだろうと思った。
「バンダの寝椅子でも泊まれるんならいいけど、キャンプ費用は一人20ドルって書いてあるけど、今日買った帰りの船のチケットが使えなくなるのかしら?
それとマリンパーク使用料が明日の分もかかるのかしら。ほかにもエクストラマネーがかかるならトラブルは起こしたくないから事前に知りたいんだけど。」
「泊まるのは構わない。で、何人泊まるんだ。」
「一人よ。」
そう言ったら彼は眼を見開き、そして「一人で泊まるつもりなのか。」とふっと笑った。
そうして彼はちょっと難しい顔をしてボスに聞いてみないとわからない、と返した。
もし20ドルでなにもかも済むならあの堅そうなベッドで一晩過ごすにしても、もう一回交通費と遠い距離、時間をかけて来る手間と、25000TSHを払うよりは安上がりだった。
「ボスはどこ?」とボスらしき人を探して見渡したら「今ボスは客を帰りの船に連れて行っているところだ。すこしバンダの下のいすにでも座って待っていてくれ。」と言われた。
待てと言われたものの、有料のバンダのチェアに素直に座ったらお金を取りに来るんじゃないだろうな、と訝りその言葉に従う気がしなかった。
バンダのすぐ近くに丁度良い日除けになる影がかかった丸太があったのでそこに座って待った。
しかし待てども暮らせども一向にボスが来る気配がない。
戻ってくるのに時間がかかるならばその間に泳ぎたいと思い、ボスはいつ戻ってくるの?と聞きにいった。
とうにボスは戻ってきていた。
気を取り直してボスと呼ばれる男に聞いた。
「この島が気に入ったからガイドブックに書いてある宿泊プランが使えるなら泊まりたい。泊っても今日買った帰りの船のチケットは使えるかしら。それとベッドやバンダの場所を借りるとしてトータルでいくらかかるの?」
「帰りのチケットのことは心配ない。もう行きの時にチェックはしてあるからね。マリンパーク使用料も宿泊代を支払うなら構わないよ。」
「で、いくらかかるの?」
「40ドルだ。」
馬鹿な。しっかりと看板にper person 20$に明記してあるのになぜ二倍になるのか。
あたしは不満な表情を隠せずにそう尋ねた。
「20ドルは私たちの取り分だ。もう20ドルは政府に支払う税金だ。値段に不満なら泊まらなければいい。それで話はBASI(終わり)だ。」
彼はそれだけ言って話は終わりだ、というように背を向けて何か帳簿に記入する仕事に戻っていった。
あいにく財布の中をのぞいてみたら10000シリング札は3枚しかなかった。
名残惜しいが次の船で帰ることが決定した。
今思い返すと、様々な環境税などをとる国はあろうが一泊の宿泊料に対して100%の税を取る政府なんて聞いたことがなかった。
もしそんな税が存在するなら最初からその税込みでの料金を看板に表示するべきなのだ。
きっと一人で何もない島に泊まるという奇特な客が払う20ドルばかりの儲けのために娯楽もない島で残業するよりは、早く家に帰ってビールでも飲みたいとでも思ったのだろう。
確かにあたし一人のために従業員を巻き込む手間を考えたら申し訳ないので争わずに素直に従うことにした。