シェア
遠い未来。 人は戦争と汚染によって死にゆく地球を離れ、代わりとなる星を見つけるために広い宇宙へあてのない航海を開始した。数百年の後、果てしない道のりを経てとうとう安息の地とするに足る惑星を発見するに至った。その時から放浪者たちは入植者に変わった。 大気組成や向こう数年の気候変化、地下から採掘可能な鉱石や化石燃料といったリソースも地球と大して変わりないことを調査の末に突き止めて、入植者たちは早速それらを利用して記録に残るかつての地球のような住みよい世界を再構築する計画に
「やはりワシの手足に車輪を付け、乗り物にして化石燃料の消費を抑えよう。もはやそれしか方法はない。それに昨今の車メーカーの体たらくには付き合っていられん」 「しかし博士を車に作り替えたとしてもいくつかの致命的な欠陥は残ります」 「なんと……」 「わかりやすいものとしては、博士の手足は走行の際の疲労蓄積に耐えられないという点」 「うっ」 「さらに、博士そのものを車に作り替えることにより、衣服を着られなくなります。これにより常に公安組織からマークされることになります」
「いったい何のつもりなのか」 俺は大量の酢味噌を頭から掛けられてこの身の上も下も、余す所なく淡いイエローに覆われていた。 ここはニューヨーク、マンハッタンにある新進気鋭の寿司レストランQuetta Sushi。途方もない大きさを表すQuettaを名に冠するこの店において――訪問する客たちの財布はさておき――兎にも角にも、提供される料理に使用される食器、勤務するスタッフたち、あらゆるスケールはやはり途方もなく大きかった。 店長一人に対して店員は四百人いて、客一人に対し
ありふれた街並みの、ありふれたチェーンのファミレス。 空の赤く染まった夕刻、集まったのは近隣の高校に通う四人の生徒たち。三年生になって間もない今は、いつか来たる入試への用意に追われることもなく、皆この降って湧いたようなモラトリアムを謳歌していた。恒例のような顔寄せ。とはいえ何か目的のある訳もなしに、他愛のない閑話に終始していた。いつもかしましく掛け合いをしている四人。しかし今日の四人はひと際色めき立っていた。 事の発端はAの抱えている悩み。入店して席に着いてからは延
俺は鬼。養鯉の鬼。 コイを肥え太らせることに関して一切甘えを認めない。常にコイを優先させる生き方をしてきた。 過去には四人の妻と六人の子、故郷の父と母それに祖父と曽祖父を母方父方まとめて捨ててきた。たとえ血縁といえ、俺の養鯉にかける意思に優るものは何一つ無い。 俺のすることに横槍を入れようものなら、何者も一切の躊躇なく切り捨てる生き方をしてきた。先生、クラスメイト、仲間たち、後輩、課長、係長、市長に首相、林家たい平、円楽師匠…… 取り憑かれたかのように、人気の
ある夜。家に無法者が押し入ってきて、俺はたちまち拘束された。 紐によって手足を結わえられた俺の目の前に包丁を突きつけて男は言う。 「まくらを寄越せ」 あまりにもシチュエーションに似つかわしくない要求に俺は素っ頓狂な声を漏らしかけた。 しかし、この身に命の危機をもたらしているこの男の前において、迂闊な振る舞いはしないよう沈黙に徹する。 「話を聞いているのか」 俺は男の詰問を「ああ」とか「うう」とか、答えにもならない呻きを以て躱す。 そうしている最中に、あたかも針の筵の様
擦り下ろしたとろろにさらに粘性を加えるのを即刻やめろと彼は私にささやいた。 それは桜の散り切ったこれから初夏へ向かう春の一日。教室の真ん中。 「そんな……」 そう言われても、私はいつもとろろに何かを加えて生きてきた。 醤油に塩に片栗粉、ホウ砂にセメント、アルミニウムにアンモニア、水素にヘリウム、キセノン、ウラン。 それを今さらやめるように忠告されたとて私には手の尽くしようもない。 何も返せない。答えに窮する私に、彼は追い打ちするように言った。 「とりささみ、みそかつ