とろろに粘性を加えるのはやめろ
擦り下ろしたとろろにさらに粘性を加えるのを即刻やめろと彼は私にささやいた。
それは桜の散り切ったこれから初夏へ向かう春の一日。教室の真ん中。
「そんな……」
そう言われても、私はいつもとろろに何かを加えて生きてきた。
醤油に塩に片栗粉、ホウ砂にセメント、アルミニウムにアンモニア、水素にヘリウム、キセノン、ウラン。
それを今さらやめるように忠告されたとて私には手の尽くしようもない。
何も返せない。答えに窮する私に、彼は追い打ちするように言った。
「とりささみ、みそかつ、ミナミコアリクイ、麻生内閣」
それはあまりにも唐突な言の葉の奔流。
みそかつと日本の未来を背負って立つ麻生内閣はミナミコアリクイと一緒に強固な構え。
私の脳裏は彼の言ったことによりたちまち占拠されつくしてしまった。
やめてと許しを請う。
追い詰められている私を尻目に、彼はすらすらと攻める口を緩めない。
「アメリカオオアカイカ、からすみ、スミレソウ、太閤検地、日産スカイライン、位牌、おかあさんといっしょ……」
もはや打つ手はない。私は彼に勝てない。
このままありとあらゆる方法によって、私はとにかくしおらしくさせられてしまう。
そうなっては困る、ここは退こう。
後ろへ向きそのまま彼を背に走る。追ってはこない。振り切れるか?
しきりに手足を振って前へ進む。植え付けられた恐怖心は私を一瞬たりとも止めようとはしない。
夢中のまま駆け抜けた私はいつの間にか教室や校舎、家も町内、都府県、日本国の括りすらも超えた、
超空間に突入してしまっていた。星が瞬いている。
しまった。
この先にもはや道は無い。
疲労と諦めから力の抜けた脚は私の身を支えることもかなわなかった。
私は倒れて引力の底、宇宙空間へと吸い込まれていく。
ひたすら何もない世界を落ちる。下へ、下へ。
そうして、いつしか光の彼方へと消えて行き、
私はこうして死にました。
完
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