文(ふみ)
ありふれた街並みの、ありふれたチェーンのファミレス。
空の赤く染まった夕刻、集まったのは近隣の高校に通う四人の生徒たち。三年生になって間もない今は、いつか来たる入試への用意に追われることもなく、皆この降って湧いたようなモラトリアムを謳歌していた。恒例のような顔寄せ。とはいえ何か目的のある訳もなしに、他愛のない閑話に終始していた。いつもかしましく掛け合いをしている四人。しかし今日の四人はひと際色めき立っていた。
事の発端はAの抱えている悩み。入店して席に着いてからは延々とクラスに起きたあれこれや、好きな子の話、ついに解明されることのなかった校長のカツラの消失の顛末とか、四人の話はいつものようにしょうもない内容に一貫していたものの、二人手洗いに立った頃おもむろにAは口に掛けた。
昨日、Fから封筒を受け取ったという。
Fはここにはいない。そもそもFは四人と何ら接点を持たない。Fはクラスの人気者、品行方正、秀才ともエリートとも揶揄されることすらある聡明さをもち、おまけに顔もいいときている。天は色々を与えたらしい。その他方、何やら高校生に似つかわしくない底知れぬ雰囲気をまとっている。
トイレから帰還した二人を加えて、話の中心はAの持つ封筒、そしてFの人となりに移っていた。過去の振る舞い、今のありよう、未来の先行きの勝手なシミュレーション。家庭環境、得意な科目、好きな歌――
本人をよく知らないからか四人のFへの無責任な評定はむしろ盛んになった。
「きっと両親はスカウメナキアかウラノロフスかな」
「かなり遠い祖先やね」
図書委員Mの言い放った珍妙なユーモアに困惑することなくTは切り返した。2年の頃に関西から転校してきたTはその頭の回転の速さから、クラスメイトに畏敬と親しみを込めて”西の方から来た刺客”と称されている。
Aと、Mを挟み座っていたSは引き締まった半身をしなやかにくねらせて器用にAの手から封筒を掠め取った。過般、短距離走に青春をかけていたSは引退してから体力を持て余していることをあちこちに披瀝していた。
「開けていないの?」
押し退けられて露骨に迷惑そうな顔をするMはハーフリムの鼻当ての位置を直しつつAに聞いた。
Sはからかうように封筒をひらひらと揺らしている。
「その……炭疽菌テロとか怖いし……」
Aはそう漏らした。
「アホか」
照れ隠しにしてもあんまりなAの回答にTは突っ込む。思わぬ返答を受けてMは不謹慎な笑みを見せ、聞きなれないタームを耳にしたSは間の抜けた顔をした。
渦中の書簡はいつしか机の上に放って置かれていた。
何の模様もない洋2の白色封筒。フタの隅には小さく「A様へ」と書いてある。いくらクラスの人気者とはいえハートを使うのは躊躇われたのか、光沢加工されたシロツメクサの葉を模したシールを封緘に使っていた。
愛や恋を伝えるものにしては些か素っ気ない装丁。これは本人の趣向なのか、それとも何か他の要因のもたらすものなのか。このことについても、貰った本人の気持ちをよそにして、関係なく話の花は咲いた。
Aは意を決して封筒を手に取り封を切った。
中に入っていたのは二つ折りの用箋1枚。こちらも白く、薄い灰色の罫線の他に余計な装飾は一切無い。
紙の中央には秀才の書いた筆跡らしい、そして本人の性向を表しているようなスマートな万年筆の書体を以てこう書いてあった。
「超!生命体トランスフォーマー!」
完
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