フリースクール活動日記 2024/11/29-奥多摩
いつものように立川駅にて一息つく。トイレなどに行くためいったんホームから改札の方へと上がり、用を済ませてからまたホームに戻る。タイミングよく、電車が来ている。そう思って乗り込んだのだが、いつまでたっても発車しない。しばらくしてアナウンスが流れた。この電車は、特急電車の通過待ちをするという。おかしい。青梅線内に特急電車など来るはずがない。不審に思って視線を上げれば、自分の乗っている電車は、各駅停車高尾行きであると知れた。
この日は厄日ででもあったのか、僕以外にも電車を乗り間違えた者がいた。間違って反対ホームの電車に乗ってしまったキートン、人混みに流されて降りるべき駅で降りることのできなかったχαοσ。この三名が、青梅行きの電車の中で合流した。
平時ならば運が悪かったですむ話ではあるのだが、間の悪いことにこの日は、料理の会だ。奥多摩古民家にてカレーを作るため前日に皆で材料を購入、この日来る者たちが平等に分配して持ち帰った。これは、一人に集中して持たせた結果そのものが欠席することにより起こる被害を少しでも減らすためのものであるはずなのだが、今回に限ってはそれが裏目に出てしまった。
材料は皆に公平に分配された。カレールー、肉、じゃがいも、ニンジン、玉ねぎ……そして僕が持ち帰ったものは、玉ねぎであった。
我々の作るカレーでは、玉ねぎは最初に炒めなくてはならない。その玉ねぎが僕という遅刻者の手にあるということは、このあとの波乱の予兆であったのであろうか。
皆からひっきりなしにくる状況報告要請のメール。その中の一つの「二歩は何を持ち帰った?」という質問に対して「一番最初に炒めるべき、玉ねぎです。すみません。」と送り返すと、それに帰ってきた返事は、もはや言葉にすらなっていないもの。
なんとかして青梅駅にたどり着いたはいいものの、奥多摩方面行きの電車は1時間に2本しか来ない。そして本来僕たちが乗るべき電車からは、なんと43分も後のものなのだ。
最寄り駅の、川井駅。ここから皆は歩いて、25分ほど時間をかける。幸い、走っていけば5分から10分で到着することは可能。古民家に到着してからの準備の時間もあるのだから、駅への到着時刻が予定から30分程度遅れただけであれば十分に挽回はできた。しかしながら40分をさらに超えるともなれば、準備に支障をきたすことは言うまでもなかった。
そうして川井駅に11時22分に到着した僕たちは、すぐさま走って古民家へと向かった。けれども惜しむらくは、川井駅—古民家の距離を甘く見ていたこと。走って、走って、奔って。疲労困憊でたどり着いた時には、すでに僕たちを待たずして米は炊かれ、皆は焚き火に夢中。諸所の情報を総合した結果、僕たちが到着したのは11時40分以降であることが、明らかになっている。そして厨房には、黙々とジャガイモの皮を剥く高校生二人の姿があった。
他の面子はどうしたかと思えば、皆焚き火に当たっているという。肉やニンジン、ジャガイモなどが厨房にはおかれているが、その一つも準備が終わっていなかった。これはいかなこと。皆は、どれだけ遅くとも11時ごろにはここについていたはず。米がすでに準備され、炊き始められていることからもそれはわかる。しかし、カレーが煮込まれていないのは、僕が玉ねぎを持って遅刻したからなのだけれども、材料の一つも切り刻まれていないのはなぜなのだろうか(これは、遅刻したという罪悪感を、責任を周囲に転嫁したいという僕の願望が無意識のうちに現れ出でたるものであろうか)。
玉ねぎを渡すと、彼らは嬉々として切り刻み始めた。だが、如何せん人数が少ないことがたたっている。たった二人で、黙々と根菜を切る者たち。そんなemmanmoとカッパくんの姿を見ていると、とても居た堪れなくなってしまい、玉ねぎを切り刻む作業に参加した。
使う玉ねぎの量は5つ。人参は2本、ジャガイモは2袋。そう決まっていた。とりあえず、厨房にあった玉ねぎ・人参・ジャガイモを切り出して、肉を炒めた後鍋に投入したのだが、その過程で、ジャガイモの量が少なく感じた。さもありなん。投入されているのは1袋分4つだけ。もう1袋、同じく4つがまだ入っていない。
そういうわけで、急いでその皮を剥き、ちょうどよい大きさに切り鍋に入れたが、少し量が多いようにも感じられた。そこで、切り刻んでいた最後の玉ねぎを投入せずに、規定通りの水を入れたのだが、それでも肩に浸かる程度。「6皿分の際は水は550ml、12皿分の際は具材の量を二倍」と書いてあったので、僕たちは急いで1100mlを入れたのだが、それでも足りなかったようだ。やむないので、それに加えて400mlほどを鍋に投入。なんとか具材全てを水に沈め、火にかけた。この際の不注意が、後の大惨事に繋がることとなる。
次いで、高校生メンバーハヌマーンが購入してきた肉類を、フライパンで焼く。本来焼いて、調味料を付ける予定だったのだが、しかしながら。この古民家には、調味料はどこにもなかった。唯一あるのは「味塩コショウ」のみである。
よく探せ!醤油などもどこかにあるはずだ!とのオクラの号令の下、そのとき厨房にいた僕、ハヌマーン、emmanmo、ことりんごなどのメンバー総出で探したのだが、見つからない。無理もない。彼らはこの古民家にそこまで詳しくはない。よって、彼らが知らないであろう場所を探していくと、土間のところに、大きな段ボール箱が安置されているのに気が付いた。開ければ、中には調味料が整然と並んでいる。我が意を得たりと皆を呼んで、しょうゆと思われるペットボトルを持ち上げてみる。なぜかキャップの代わりにアルミホイルが巻かれているそれは、傍から見てもカビが生えていることが明らかなものであった。一応提出してみたが、問答無用で却下される。捜索の末、使用可能な調味料は「味塩コショウ」のみと判明した。
仕方がないので、予定を急遽変更してカレーに肉を投入することにする。そうすれば、味もついて丁度良い。このように、我々は危機を乗り越えたつもりになっていたが、しかしながらそれがマヤカシであったと気が付くのは、もう少し後のことである。
いざ、カレーのルーを入れてる時のこと。虫の知らせというものであろうか、いやな予感がした。このようなことは、前にもあったのである。この古民家の食品衛生管理者の名前の書かれた板が。「食品衛生管理者 〇〇」と書かれた板が、不意に落下したのである。調理中のことである。非常に、縁起が悪い。そのこともあってか、非常に敏感になっていた我々は、いわゆる「虫の知らせ」を受けて、今一度カレーの詳細を読み込んでみた。そこには、12皿分の時は具材を2倍。ただし、水の量は850mlとあった。
僕たちが入れた水の量は1100ml。加えて、数100ml。そこに玉ねぎの保有していた水分も含めれば、1600mlに達すると予想される。つまり、規定量の二倍もの水が、中に入っているということ。
ルーを入れる前であれば、水を抜くだけでよかった。しかし、もうルーを入れた後。いまさら水を蒸発させる時間は、もう残されていない。メンバーの一人の帰宅時間が、刻々と近づいてきているからだ。
紙コップにそれを入れ、とあるメンバーが味を確かめた。曰く、薄い。カレースープと比べれば、どうだといえば、非常に困った顔をして、言う。カレースープよりも薄味であると。
さてこまった。とりあえず味を濃くするため、はちみつを投入する。次いで、味塩コショウも。もうなりふり構っていられない。その間に僕たちは、再び調味料を探す。すると、レトルトのカレーが、食材置き場から出てきた。これは良しと賞味期限をチェックすれば、1年6カ月以上前のもの。また、そのなかには4年も賞味期限を過ぎているものまであった。ダメだ。ここに食材はない。なにもない。
幸い、我々の努力の成果か「マシ」な程度にはなった。あともう一押し。しかし時間がない。皆が食器を食卓に並べに行った。厨房にいるのは、僕とオクラのみ。頭を悩ませている彼に、ふと呟いた。食器棚の奥に、煮干しがある。
皆が戻ってくる前に、煮干しを放り込む。ただし、1つだけ。味を見ておかしくなっていれば、急いで抜いて、あるいは食べて、証拠を隠滅することもできる。もはやこれは賭けだ。皆の知らぬところで闇鍋の様相を呈してきたこのカレーは、最終的には吉と出ることになった。
食事の寸前で、厨房にいた皆に煮干しの存在を知られることとなり、もはや誰の目にも「闇鍋カレー」として見られ、この料理は畏怖の視線を一身に浴びることとなる。
幸いにして、味の方は何ともなかった。もともと野菜の量が異様に多かったため、十分な野菜の出汁が、煮干しの出汁と混ざり合ってくれたのだろう。投入されたたった一つの煮干しは、計画発案者のオクラが、嬉々として食べることになった。
これで、この話は終わり。ただ、最期に蛇足のはなしを一つ付けることにしよう。これを書いているのは、11月30日。煮干しのはなしを書き上げ、いざ筆をおいた時、イワシの臭いが鼻についてはなれなくなった。よくよく嗅げば、イワシではない。ただの海産物だ。だが、海産物の香りが何故ここで漂ってくるのだ。