短編小説「灯りに向けて進め」(読了時間2分)冬ピリカグランプリ応募作
アグラ岬灯台の発光人間は、恋をしていた。
人間は誰しも微量に光っているが、どの町にも1人や2人、圧倒的な光を放つ発光人間がいた。太陽に弱い発光人間は、夜に働く灯台守になる。その身体から放つ光が船乗りたちの道標になる。
「よう、今日も助かったぜ」
船乗りが灯台に訪れることもあった。手には酒を持っている。
「また迷いそうになったんですか? 天候が悪いのに漁に出るから」
「子供を食わさなきゃならねぇからな。お前が毎夜、光っていてくれるから帰って来れる」
船乗りは発光人間に酒を注いだ。濃紺の夜が明けるまでの、ちょっとした酒盛りが始まる。
発光人間に対する差別は大きくないが、小さくない。船乗り達は気さくだが、いざ自分の娘が発光人間と結婚したいとでも言い出したら大反対するだろう。
そもそも夜の光は発光人間かランプしかなかった時代だ。太陽に弱い発光人間はまともな生活、まして恋などできやしない。
彼はそんな人生を受け入れていた、はずだった。夜は海を照らす道標となる。昼には眠りまた夜になる。たまに船乗りと酒を交わす。これが自分の人生だと思っていた。
アグラ岬灯台の発光人間は、恋をしていた。
湾を挟んで反対側にコムロ岬灯台がある。2年ほど前だろうか、灯台に灯る光が変わった。前任が引退したのか。前とは違い、少し赤みがかった、女性らしい柔らかさを湛えた光。
「コムロ岬灯台の発光人間に会ったことはありますか?」
ある冬の夜、発光人間は船乗りに聞いた。雲も風も無く、時間が止まったような冷たい空気に、満月の光が降り注ぐ夜だった。
「前とは色が違うんです。光を見ていると優しい気持ちになる」
「はーん、そういうことか」
船乗りは鋭かった。
「確かに交代したみたいだな。女性だとも聞いた」
「だからどうと言うことも無いんです。会ったことも喋ったこともない。でも明け方、少し明るくなった海をまだ照らしている、彼女の光をずっと見ている」
船乗りは黙って聞いていたが、急に盃を飲み干した。
「会いに行ってみたらいい」
「無理ですよ。僕はここで光っていなきゃ」
「今日は満月、明るい夜だ。しかも晴天。こんな夜に迷う船乗りなんていない」
船乗りは発光人間の肩を叩いた。
「お前の心に芽生えた気持ちは、灯台の灯りだ。こっちはいつも世話になっている。今日はお前が、灯りに向けて進め」
躊躇している発光人間を、船乗りが無理やり灯台の外に追い出した。
湾の向こうの灯台に優しい光が見えた。
見たこともない彼女を思う。彼女はこの人生を受け入れているだろうか。
自分は今、光を見て知ってしまった。受け入れているなんて嘘だって。納得しようとしていただけだって。知ってしまうことは不幸かも知れない。それでも。
発光人間は空を見上げた。濃紺はまだ深く、月も高い。夜明けにはまだ時間がある。
発光人間は湾を繋ぐ道を駆け出した。迷うことはない。ただ、灯りの示す方へ。
(1,200字)
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