女性も男性も、窮屈でないほうへー「虎に翼」が終わるさみしさと感無量の理由
最初から最後まで見ようとしている朝ドラは、初めてだった。「虎に翼」の何にそんなに惹かれたのか。理由は、扱うテーマがどれも新鮮だったから。
夫婦別姓、同性婚、男女格差、女性の社会進出など。脚本家の吉田恵里香さん、難しいテーマを拾いまくる。例えば、バレーボールの試合でどんな場所に球が落ちてきても、次の攻撃に繋げるため上手にレシーブしまくる感じ。
一話が終わるたび、うーんと考えさせられる問題も多い。ただ難しい問題だけが残されるわけじゃなく、セリフや表情にユーモアもふんだんに込められていて、見ていて飽きない。ドラマを見ている間、笑ったり、泣いたり、イライラしたりして、感情がずっと忙しかった。
ドラマで扱った問題で、特に身につまされて感じたことが、子ども時代からうっすら感じていたミソジニーについて。
小学生の夏休み、家族で親戚の家に行った。集まった親戚の男の子だけ伯父さんに集められ、川へ釣りに出かけていた。わたしも一緒に行きたかったが、なぜかダメと言われた。自分より幼い男の子も釣りに行ったのに。涙がでるほど悲しく、残されていた釣り竿を、つま先でぐりぐり踏みつけた。またある時は、学校で勉強ができても「女のくせに」と兄弟にからかわれた。
就職後に仕事関係で出会う人で、対等に扱ってくれる男性は、感覚的に6割くらい。なにか喋ると鼻で笑われることもあった。同期の男性と比べて給料の額は低いし、そもそも業務内容にはない「お茶出し」や「ポットの湯わかし」が女性には毎日あった。
ところで「女々しい」って、誰のための言葉だろう。女性は、そもそも心が男性よりタフにできている。筋力を無くし、繊細さや弱さを学ぶために、女性の性で生まれてきたのではないかと思うほどだ。「女々しい」女性に今まで会ったことが無い。
しかし「女々しい」という言葉、最近あまり使われない。「女優」や「女子アナ」という言葉も。世の中の流れが、少しずつ変わってきているように感じる。女性も男性も、窮屈でないほうへ。
と前置きは長いが、「虎に翼」では、弁護士よねさんの人生そのものが、ミソジニーというクソからの脱却だと思っている。よねさん、本当にすっきりしたよ、感無量~。まだ全部見終わってないから、早いかな。「いけいけ、山田よ!」とにかくありがとう。