文芸ムックあたらよ創刊号・感想①あたらよ文学賞篇/大賞・優秀賞の段
前の記事でお伝えした通り、今回は有限会社EYDEAR様発行の「文芸ムックあたらよ」について語り尽くしていきたいと思います、とその前に「文芸ムックあたらよ」の紹介をば
文芸ムックあたらよとは?
文芸ムックあたらよとは、デザイナー、ライターの百百百百(ささもも)様を中心に2023年に創刊された新時代の文芸誌です。以下有限会社EYEDEAR様の記事から引用。
あたらよ文学賞とは?
あたらよ文学賞とは、『文芸ムックあたらよ』の創刊に伴って開催された文学賞です。ジャンル不問、資格不問。三千字~一万五千字で、面白いものなら何でも来いのストロングスタイルですね。496もの作品が集まり、入選は10作品。かなり倍率の高い賞だといえそうです。
いかがでしたか?
終わりません、終わりませんよ。安心してください訴えないでください。
語り尽くす、とは言ったものの、既にタイトルでお察しの通り、一回では終わりません。このムック、まるで宝石箱のようです。どの記事、作品も面白く、一回で語り切ろうだなんてとてもとても。
そんな文芸ムックあたらよは、以下リンクよりご購入いただけます。各種ECサイトでも取り扱っており、書店にも並ぶそうです。
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今回はあたらよ文学賞受賞作、中でも大賞・優秀賞受賞作に焦点をあて、次回は佳作の段、次々回は創作・対談篇。最終回はエッセイ・短歌・書評編として、全四回で感想、所感を綴っていきたいと思います。ネタバレは控えます。皆様に本編を読んで頂きたいのです。本当に面白いものばかりなのですよ! 宇宙の果てまで届け! あたらよ!
大賞
うきうきキノコ帝国 マルクス・ホセ・アウレリャノ・シノケス
・あらすじ
宇宙に進出した日本人は、異星で動き回るキノコを発見。それを狩って食料とすべく、多くの移民を星へ送り出します。移民は莫大な富を得、日本も大いに栄えましたが、繁栄は長くは続きませんでした。国際機関の調査団により、動き回るキノコは「文明」を持つ「先住民族」とされ、狩ることができなくなってしまったのです。キノコドリームを求めて旅立った人々は、新天地へ着いた頃には死体漁りしかできない境遇に陥ってしまっていたのです。主人公カケルもそんな移民の一人。繁栄時代を生きた祖父と共に、夜闇へひっそりとキノコ狩りへ出かけます。そして……
・感想
大賞も納得、大納得の素晴らしいSFです。講評でも触れられていましたが、キノコの生態を綴る部分と、主人公カケルの息詰まるドラマ部分で、それぞれ違う面白さが味わえる、二度おいしい作品です。更にはその二つが合わさることで、えも言われぬ旨味が神経網を巡って波打つのです。字数、構成、文体、物語、どれが違っても、この独特の旨味はなかったのではないでしょうか。
SFとは即ち可能性の文学であり、可能性を過剰に拡大したフィクションであるからこそ、現実を浮き彫りにし、鋭利な刃を突き刺せる特性を持っています。この作品は、その特性を十二分に活かした名作であると思います。作品全体を支配する「暗さ」は、この賞のテーマでもある「夜」の一部分を見事に写し取っており、物理的な暗さによらない、イメージとしての「夜」を確かに読者の手に握らせてきます。繁栄は遥か彼方、落日すらもとうに過ぎ、深まるだけの「夜」に沈んでゆく星に到達したカケル。そしてそこに住まう人々。彼らに「日はまた昇る」と言えるものはいるのでしょうか。
ステルスアクション。風刺めいた箇所。図鑑を読むような面白さ。人間ドラマ、その他さまざまな細かい要素が組み合わさって、一つの曼荼羅を顕現させています。お見事です。
余談ながら、作者のマルクス・ホセ・アウレリャノ・シノケス様、オモコロ杯で金賞を受賞されています。読んでみたらばまー面白い! 長編スペクタクルを観終えたかのような満足感です。別に世界の命運はかかっていないのです。法律を遵守しながらハリセンボンのフグ提灯作る平和な記事なのに……「法律を遵守しながらハリセンボンのフグ提灯作るって何?」と思われたあなた、検索検索ゥ!
シノケス様、とてもつよいお方です……次回あたらよ文学賞に向けて越えなければならない壁ですね。頑張ります。
優秀賞
こはねに勝てないなら死ぬ 岩月すみか
・あらすじ
キャバレイで働くきりは、店のNo.2。彗星のように現れ、不動のNo.1嬢となったこはねに対抗心を燃やしている。「こはねに勝てなければ死ぬ」とまで言うほどに。彼女は吐きそうな日も、死にたい日も、「こはねに勝つ」その一心でありとあらゆる努力をしてきたのだ。しかしそんな日々に転機が訪れる。斗真という男のせいで……
・感想
こういうタイプの小説は読んだことが無かったのでとても新鮮で、ワクワクしながら読みました。こはねときりの間に渦巻くどろどろとした、一言で言い表せない感情の動きがとてもとっても素晴らしいと思います。憎悪のようでも愛情のようでもある複雑なそれを書ききる岩月すみか様の筆力に脱帽です。ともかくこの作品は、生々しく描き出された人間模様がよいのです。月光に照らされた華やかな街の裏で渦巻く粘性のある人間関係。容易に変わらないと思っていたそれが、拍子抜けするほどあっさりと色を変えてしまう、その描写がまさに目から鱗が落ちるかのようで、感激しました。夜の底、それが夜の世界の頂点。きりはそこに座るべく、物語が終わった後も自らを磨き続けるのでしょうか。
強い女性のようで夢見る少女のようであるこはね。ダビデのようで悪魔のような斗真。表裏一体の歪み同士ががっちりと噛み合うからこそ、「夜」は人々を魅了して離さないのでしょう。噛み合いながらも流転するその様子は、まるで星月夜のよう。複雑に織りあわされたそれをもう一度じっくりと見たくて、何度もページを開いてしまいます。
ツー・ミッドナイト・ノブレス 蛙鳴未明
・あらすじ
昼はパン工場のライン工。夜は女王のように遊び回る。そんなある日の帰り道、ミーコは不思議な猫と出会った。彼女にパモラという名をつけ、一緒に住もうと歩み出したその時、あたりが暗闇に包まれる。その日から夜は二つになった。しばらくたっても夜の正体はさっぱりわからず、しまいには三億円もの懸賞金がかけられる。ミーコは懸賞金を得るべく奔走するが、成果は無し。ひょんなことからライン工を首になり、落ち込む彼女にパモラが教える。夜の鍵を握る美男子。町を駆け抜け、彼と出会い、久々に夜を楽しむ彼女だったが……
・感想……というかなんというか
著者名をご覧になって分かる通り、私の作品です。いやー、やっぱ何度読み返しても面白いですね! 疾走感とリズムの調整はかなり意識的にやって、読者様を振り落としてしまわないか心配だったのですが、頂いた講評を読むとしっかり役割を果たし、振り落とさないギリギリで保たれていたようで良かったです。組んでみたプロットがあまりにギチギチで、それを詰め込むために勢い重視のアトラクション化した、というところはありますがそれはそれとして、え~、コホン。
計画通り……
言ってみたかっただけですすみません閑話休題照れ隠しの段です。第一次、第二次選考の折、「独特な文体」とコメントを下さったことにいまいちピンと来ていなかったのですが、今回あたらよを開いてみれば、なるほど確かに独特でした。書き手目線の自己満足度は87点くらいでしょうか。まだまだもっとよくできるところがあった筈……! でも加点式だと900点を超えるのです。いやー、だって我が子はみな可愛いものですもん。しょうがないですよ。
この作品はこの状態で一つの完成をみていますが、次回あたらよ文学賞ではもっと違う方向性を探ってみてもいいかもしれませんね。あるいは究極の文学ハイブリッドを目指すか……今から構想が止まりません。
今回は、賞を下さりありがとうございました。次回はより飛翔します。
私たちの月の家 咲川音
・あらすじ
沙夜は十五歳にして魔法使いである。学校のロッカーにいらないものを放り込むと、あくる朝には綺麗に消えているのだ。そのことは、あさひだけが知っている。あさひは沙夜と小学生からの付き合いであり、がさつで、勉強ができない。沙夜とはまるで相いれないようにも思えるが、その差が二人を
結び付け、独特な関係を作り出しているのである。沙夜は母からは「女らしく」あることを求められ、父からは「いい学校に行っていい高校に行く」ことを求められている。そのストレスからか、過食と抜毛症に悩まされている。沙夜は近頃毎晩、月夜に浮かぶ星の夢を見る。三十分もすれば一回りできるような小さな星、星の王子様の表紙のような星。その上には戸の閉じた小さな家がある。その戸が開くのはいつの日か。ある日、沙夜はあさひに「月の家へ駆け落ちしよう」と誘われるが……
・感想
これには魔力が籠っておりました。読む者に主人公の体温を、呼吸を、心拍数をも感じさせる、そういった魔法がかけられておりました。思春期の生々しい痛みが、私のもう硬くなったと思い込んでいいた未成熟なやわらかいところに突き刺さり、どうも呼吸が浅くなる、そんな体験でした。
思春期の子にとって、「家」「学校」というのは絶対的な場です。多くの子が、沙夜と同じように、あぶれないようにあぶれないようにと、おぼれかけながら手足を動かしているのでしょう。その中にあってあさひの存在は特異です。勉強できずとも悪びれず、「女子っぽさ」からは一歩外れ、グループに属さず沙夜と付き合っている。シンプルながらも奥深い対比が、作品を鋭く尖らせています。とにかく尊い。二人が尊い。
魔法や月の家といった小道具が機能していくところは、まるで鮮やかに解かれるパズルを見ているようで、咲川音様の確かな技量を感じました。あさひは朝日となれるのか? 沙夜は小夜のまま終わるのか? 是非、作品を読んで先を見届けてみてください。
椿桃、永遠に 伊藤なむあひ
・あらすじ
脳は腸の外部記憶装置であり、人は本来腸である。人間の表と裏をひっくり返し、腸とすれば、人、即ち腸は本来のバランスを取り戻し、永遠にあることができる――そう言っていた椿桃《ネクタ》の父は、信奉者の死により苦境に立たされる。連日の嫌がらせや取材攻勢に父は疲弊し、やつれていった。ある日椿桃《ネクタ》は、父に自分を裏返してほしいと頼む。本当は、正しい裏返し方を知っているのですよね、と。そして椿桃《ネクタ》は腸になった。特別な夜が明け、日差しが彼を弱らせた。彼は父により夜へと運ばれていく……
・感想
あらすじを読んで、「よくわからない」と感じた方は多いと思います。かくいう私もその一人。しかし、ここで読むのをあきらめてしまっては勿体ない。この作品は父と子の美しい神話であり、語られながらも語るものであり、作品全体をもって初めて完成するのです。
スケールで言えば、この作品は他の追随を許しません。なぜならこの作品は宇宙全体について語っているのですから。宇宙全体を語りながら、微小な世界をも語っているのですから。それでいて、分量自体は他の半分程度。密度が凄まじいのです、これ。腸、というものからよくぞここまで深遠なものが描き出せたな、と感服しました。この賞のテーマ、「腸」ではなく「夜」なんだけれど、どこからどう腸を引っ張り出してきたのだろうか。気になります。伊藤なむあひ様の他著も読みたくなる、そんな作品でした。他の作品が白球を投げて勝負している中、この作品は白血球をひん曲げて勝負している。これだけのものを書く。これぞ唯一無二。唯一無二の残念なところは、真似が不可能なところです。一本の灯台として、心に残しておきたく思います。
おわり
以上! 「文芸ムックあたらよ・感想①あたらよ文学賞篇/大賞・優秀賞の段」でした! 長い間お付き合いいただきありがとうございました!
思っていた以上に長くなりそうな気がしてあたらよ文学賞篇を二つに分けたのですが、予想以上に筆が進み、もはや三分割した方が良いんじゃないかと思い始めております。が、このまま出します。だってその方が収まりいいんだもん。
長くなったのは受賞者の皆様の作品がどれもたいへん、たいへん素晴らしかったからです。作品を生み出していただき、本当にありがとうございました。とっても面白かったですし、勉強になりました。まだまだ精進せねば……
また、百百百百様はじめ、選考委員の皆様にも今一度御礼申し上げます。素晴らしい賞を、雑誌を作り上げていただき、ありがとうございました!
……最終回の雰囲気が漂っていますが、まだまだ終わりません。次回、佳作の段にてお会いしましょう! こちらも素晴らしい作品が盛りだくさんです!ではまた!
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