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【連載小説】トリプルムーン 1/39

赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。

世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?

青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円)  


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***第1話***

 何も知らずに月を見ていた。世界が静かに移りゆくその中で、色とりどりに輝く、清らかで美しいあの月を。


 入口も出口もない無数の世界は、光の狭間で揺れ動きながら、互いの色と色を絶えず分かち合っていた。
 それは赤であり、青であり、緑であり、すべてを表す三原色だった。夜空に浮かぶあの日の月は、世界が瞬くその揺らめきを、綺麗に切り取り、映し出していた。

 そのことに気付く人間は誰一人いなかった。人知れず無数の世界はきらきらと揺らめき、月はその姿をくっきりと夜空に映し出していた。

 二人で月を見上げたあの日の夜、もしかしたら、彼女だけはそれに気付いたのかもしれない。彼女の綺麗な瞳の奥で、そんな真実に触れた、儚い輝きがきらりと光ったように俺には見えた。


 明け方の月は次第に色も薄まり、真夜中のときのような鮮明な赤色よりは、いくぶんトーンを抑えた薄いピンク色にさしかかっていた。

 うさぎのシルエットを描いた模様はほとんど見えなくなり、輪郭もぼんやりとさせながら、月はまるでレースのカーテンの裏側に身を潜めようとしているようだった。
 鳴き始めたすずめたちの声を聞き、白んだ新鮮な空気を吸い込みながら、月はそろそろ眠りにつこうかと考えているのかもしれない。

 今日は俺の三十歳の誕生日だ。それは十歳の誕生日でもなければ二十歳の誕生日でもない、紛れもなく若者から中年へと差しかかるデリケートな年齢域に達する記念すべき日だった。
 まさか自分にもこんな日が訪れることになるとは、今まで若者風情として呑気に生きてきた俺としては、なんとも信じられない気持ちになっていた。
 
 本当にそうなのだろかと、思わず自らの胸に問いかけてしまいそうになるほど素直に状況を呑み込めない自分がいた。
 それは蜃気楼のオアシスに辿り着いた砂漠の旅人のように、にわかには現実を受け止めることが出来ない、空っぽで虚ろな心境だった。


 大まかに言えばこの歳まで平穏無事に生きてこられたのだから、本来なら神様仏様に感謝の気持ちを抱くのが筋というものなのかもしれない。
 しかし、気が付けばそんな節目となる一日が訪れ、自分の年齢が良くも悪くも“いい歳”になろうとは、正直なところ不安な気持ちでいっぱいだった。


 ほとんどがその日暮らしで、かけがえのない何かを得た訳でもない自分が、いたずらに年齢を重ねて生きていくというのは、想像以上にしんどいことなのかもしれないと実感した。

 きっとこれが歳を取るということなのだろう。そんなことが少し理解出来ただけでも、俺はひとつ大人になれたのかもしれない。

 東の空から白々と昇ってくる太陽は、頼んでもいやしないのにその大きな顔をのぞかせ、律儀なふりをしながらいつもと変わらぬ朝の訪れを告げていた。

「あいつに何て言えばいいのかな?」

 思わず呟いた独り言は、何もない六畳一間に案外大きく響き渡った。
朝の陽射しが贅沢に入り込むこの部屋では、これといった物は特に置いておらず、テーブルとカーテンとサボテンだけがかろうじて現実味のある物として存在感を放っている。

 ピンク色の花を咲かせたばかりのサボテンは、嬉しそうに窓辺で陽光を浴びているが、朝から独り言を呟く俺のことを、少し面倒くさがっているようにも見えた。

 あいつに何て言えばいいのか?起き抜けの蒲団の中で少し考えを巡らせてみたが、何もいい考えが思い浮かぶ様子はなさそうだった。
 とりあえず飯でも食べてから考えようと思い、俺は薄っぺらい布団から抜け出し、いつもと変わらぬ朝食の準備を始めることにした。

 俺はいま、意中の女性に告白をしようかと迷っている。
気が付けば二年近くも友達として付き合っている気心の知れた女性だ。

 彼女とはふとしたきっかけで知り合うことになったのだが、思いのほかウマが合い、ときどき一緒にご飯を食べたり電話で話をしたりしている。
 彼女は内向的でちょっと気難しいところがあるが、とても頭の回転が早くて要領がよく、何でもテキパキとこなしてしまうような俺とは正反対のタイプの性格の女性だ。


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