【連載小説】トリプルムーン 21/39
赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。
世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?
青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円)
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***第21話***
待ち合わせ場所に現れた彼女は、クリーム色のワンピースに白と黒のボーダーのカーディガンを羽織っていた。
ワンピースはプリーツや襞があまりないオーソドックスなAラインで、生地はさらりとして風通しの良さような麻だった。
俺の覚えている限り、彼女のワンピース姿は見たことがない。きっとこれが俺には初お披露目の装いだろう。俺の誕生日だからということで、彼女なりに気を遣ってくれたのかもしれない。
「ワンピース可愛いな。意外と似合うんだな、お前そういうの。」
「うん?そうかなあ、君のボロボロのスニーカーも似合ってるよ。男の生き様ここにありって感じで。」
「言ってくれるぜ、男も三十歳にもなれば見た目や服装の色んな部分に、生き様や勲章がいやでも刻み込まれてきますからね。」
「ふふ、冗談だよ、ありがと。」
そう言って彼女は、ワンピースの裾をつまんで軽くお辞儀をするような仕草を見せた。そこで彼女は、俺が持っている花屋の袋に気が付いた。
「それどうしたの?サボテン買ってきたの?」
「あ、ああ、これな。サボテンも買ったんだけど、せっかくだからお前にも花を買ってきたんだよ」
「え?私に?いや、もちろん嬉しいけど誕生日なのはあなただよ?」
「まあ、そう言われれば確かにそうなんだけど、なんかたまにはそういうのもいいかなって。俺の誕生日に食事に付き合ってもらってるわけだし」
花屋の袋からアレンジフラワーの入った透明な手提げ袋を取り出し、俺は彼女に袋ごとその花を手渡した。黄色やオレンジの小花があしらわれた、可憐でポップな印象のアレンジフラワーだった。
「おお、ありがとう。」
彼女はまだ驚きがおさまっていない様子で、ぼんやりとした礼を言いながら花を受け取った。
花を手に取ると、彼女はそれを上から見たり下から見たり、近づけたり遠のけたりしながら、たっぷりと時間をかけてその予想外のプレゼントを受け取っていた。
「あ、ごめん、私あなたにプレゼント用意してないんだけど、大丈夫?」
「え、いいんだよ、もちろん。気を遣うなって言ったのは俺だし、こうやって付き合ってもらってるだけで本当に十分だから。大丈夫だよ、本当」
「そう?そんなこと言っといて、こうやって急に花くれたりするんだから、あなたも意外とそういうとこ手強いんだね。」
手強いとは彼女なりの一種の褒め言葉なのだろう。天才肌だが厭味のない彼女の言葉は、俺の心をいつもちょっとだけ“ほっこり”とさせてくれる。
本人は気付いていないだろうが、そういった癖のあるナチュラルな言動は、彼女の中の大きなチャームポイントだ。少なくとも俺はそう思っている。
とりあえず予約していた店に行こうと切り出すと、俺は彼女を導くようにしながら宵の口の街へと歩き始めた。
夜の街は昼間よりもいっそう賑わいを増し、これから食事や酒を楽しもうという熱気を孕んだ大人たちが、思い思いに肩で風を切りながら歩いていた。
中にはペース配分を間違えて早々に酔っぱらった若い男が、犬の遠吠えの真似をしながら周囲の友人を笑わせていた。
「あ、あれ!オオカミ男じゃない!?」
「え?オオカミ男?俺にはただのバカ丸出しな大学生に見えるけど、あれがオオカミ男なのか?」
「うん、そうだよ!本当にいるんだよオオカミ男!いやあ、やっぱりあなたと満月の夜に出かけてみて良かったなあ」
彼女は時々、どこまでが本気でどこまでが冗談なのか分からない時がある。しかし、オオカミ男という男には全く近づこうとしない様子からして、どうやらこれは完全に冗談であるようだった。
オオカミ男らしき男はしばらくのあいだ遠吠えを続け、やがては周囲の友人も彼をなだめるのに必死な様子だった。
次第に寂しさを増したその遠吠えは、遠のいていく俺たちに憐れみを求めるような憂いさえ帯びていた。
「あそこだよ、予約したステーキ屋さん。」
俺は目的の店が見えると、木製の古びたステーキハウスの看板を指さした。看板に書いてある文字はお洒落すぎる横文字で、一目では何と書いてあるのか判別できないが、印象的なナイフとフォークのデザインが彫り込まれている。
ガス燈を模した明かりが看板の上に点けられ、煉瓦造りの壁と年季の入った木製のドアが、異国情緒あふれるお店の佇まいをつくりあげていた。
「なんか思ったよりずいぶん立派な店予約したんだね。大丈夫?」
「大丈夫だよ、そんな目の剥くような値段するわけじゃないし、たまの贅沢なんだから気にする事ないさ。それに肉好きだろ?」
「うん、まあね。肉は好きだよ。赤ワインとチーズほどじゃないけど。」
「じゃあ異論はなさそうだな。」
木製のドアに取り付けられた黒い鉄製のドアノブを回し、俺は彼女と二人で店の中へと入っていった。
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