【連載小説】トリプルムーン 25/39
赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。
世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?
青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円)
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***第25話***
暗闇の中で眠り込んでいると、どこからともなく猫の鳴き声が聞こえた。それはどこか聞き覚えのある猫の鳴き声だった。
俺は横たわった体を起こし、声のする方を見てみたが、辺り一面は暗闇に包まれていたので、猫の姿を捉えることは出来なかった。
それでも猫の鳴き声は止まず、だんだんとこちらに近づいてくるのが分かった。目の前までその猫が近づいてきたとき、それが黒猫だということが分かった。
黒猫は暗闇の中に紛れながら、必死な様子で俺に向かって、みゃあみゃあ、と鳴き続けていた。どうしたんだろうと思って俺が手を伸ばすと、黒猫の体はひょいと上に持ち上がり、俺の伸ばした手は暗闇の中の空を切った。
見上げると、そこには彼女が黒猫を抱きかかえて立っていた。彼女はいつものようにいたずらな笑みを浮かべながら、暗闇で呆けている俺のことを見下ろしていた。
俺は彼女に声を掛けてみようとしたが、うまく声は音を形成することが出来ず、喉元の奥で絡まった糸が微かに震えただけだった。
彼女は黒猫を抱きかかえたまま歩き出し、俺のもとから去っていった。まるで動物園の檻の中にいる動物を、次から次へと見て歩いていくかのように、彼女はその場を名残り惜しむことなくどこか別の場所へと歩いていった。
置いて行かれてしまって焦った俺は、彼女と黒猫を追いかけようとその身を起こした。
彼女と黒猫の後を追いかけて歩いていくと、そこには燦々と美しい光が降り注ぎ、神聖で静謐な時を携えている大きな池があった。
池は緑豊かな木立に囲まれ、ささやかな風と共に水面にきらきらと輝く光を反射させていた。俺がその美しい景色に見とれていると、黒猫は彼女の腕の中からひょいと抜けだし、池の前に降り立った。
彼女と黒猫は美しく輝く池を目の前にしながら、迷うことなくその中に足を踏み入れていった。彼女と黒猫の体は池の中に沈むことなく、そのまま水面の上をアメンボのようにひらひらと歩いて行った。
俺が驚いてその様子に見入っていると、池の中央まできたところで、彼女と黒猫は唐突に池の中へと消え去っていった。突然の出来事に呆気にとられていると、俺は居ても立ってもいられず、自分も池の中に入らなければと思い、自然と池に向かって歩き始めた。
俺が池に近づいたその時、空からひとつの月が落ちてきた。月は様々な種類の色の輝きを放ち、虹色の尾ひれを付けながら池の中へ勢いよく飛び込んでいった。
キラキラと宝石のように煌めく水しぶきをあげながら、月はどこか池の向こうにある知らない世界に旅立っていったかのようだった。
早く俺も池の中へ飛び込まなければ、そう思って焦れば焦るほど、不思議と体は重さを増し、なかなか言う事を聞かなくなっていった。
重くなった体は立って歩く事もままなくなり、俺は這うようにして必死に池に向かって突き進んだ。
その間にも、異なる色の輝きを放った月が、次から次へと池の中へ飛び込んでいる。空を見上げると、そこにはあと数個の月しかなかった。あの月が全て飛び込んでしまう前に、俺も彼女のもとへ行かなければない。
俺は這いつくばりながらもなんとか池の淵へ辿り着いた。月は幾つも池の中へと飛び込んでいる。俺は持ちうる限りのすべての力を振り絞り、目の前の池に思い切りジャンプした。
最後の月が池の中へ飛び込もうとするその刹那、俺の体は月と同時に水面にぶつかり、バラバラに砕け散っていった。俺はそのとき、月と一緒に真っ白な光へと生まれ変わっていった。
光に生まれ変わった瞬間、無限に連なる世界の入口が、光と光のあいだに紛れ込むように漂っているのがはっきりと見て取れた。俺はそのとき、大事な何かを思い出しそうになったが、一瞬の出来事で何も思い出すことは出来なかった。
圧倒的な光は俺の存在をまるごと呑み込み、全ての思考を遥か彼方へと持ち去っていった。
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