【連載小説】トリプルムーン 7/39
赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。
世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?
青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円)
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***第7話***
黒猫は一旦歩き始めると、迷うことなくベンチの下や植込みの隙間や樹木の陰を進み始めた。
きっとこいつにとっては通いなれたいつもの道なのだろう、しかし成人した人間の男が通るにはいささか窮屈な道程であるのは間違いなかった。
俺はしばしば迂回することを余儀なくされながらも、なんとか黒猫について行こうと必死に後を追いかけた。
その道中には蜘蛛の巣があり、カマキリの卵があり、蝶々になる寸前のさなぎがいた。
虫が苦手な俺にとってはあまり好ましくない道程だが、この先に何があるのか段々と気になってきてしまったので、俺は多少の苦難は我慢して黒猫の後を追いかけ続けた。
しばらく歩いて公園の奥まで行くと、木立に囲まれた大きな池があった。そこは人目に付かないひっそりとした場所で、静かで澄みきった空気が満ちていた。
まるでおとぎ話に出てくる森の泉のように、神聖で静謐な時間が流れる素敵な空間だった。
池の周りの木は背の高い針葉樹が密生している。おそらくは一年を通して緑の細い葉が生え揃い、周囲の公園の景色からは断絶されるかたちになっているのだろう。まるで古城を取り囲む堅牢な城壁のように。
その樹木がモミの木なのかアカマツなのか俺には判断が付かなかったが、北国の山間部に自生していそうな木だなというのは判別できた。俺はカナダや北欧の森にでも迷い込んだような不思議な感覚に陥っていた。
「この公園にこんないい場所があったなんて知らなったな。お前、これを俺に教えに来てくれたのか?」
黒猫は俺を無視しながら横を通り過ぎ、池の水に顔を近づけて勢いよく水を飲み始めた。
「なんだお前、水を飲みたかったんだな。それならわざわざ俺なんか連れて来ないで一人で飲みに来ればいいじゃないか。」
黒猫は完全に俺のことを無視しながら、一心不乱に池の水を飲み続けていた。
「ふーん、マイペースな奴だな。まあ、いいか。それにしてもきれいな水の池だな。」
澄んだ空気もさることながら、池の水もきれいな透明色で澄んでおり、そこには空も雲も見事に水面に映し出されていた。
池に近づいて水面に映る自分の顔を覗いてみると、意外にもそこには少し不安げな表情の俺が映っていた。
「なんかずいぶん冴えない顔してるな、俺。昨日ちゃんと寝たはずなんだけど、思ったより疲れが溜まってるのかな?」
そう不思議に思いながら自分の顔を見つめていると、その斜め上にまあるい月が映り込んでいるのが見えた。
にわかに夕暮れが近づいてきて、月も東の空に顔を出し始めたのだろう。しかし、水面に映る月を見てみると、そこには何かがいつもと違うような、妙な違和感があった。
姿形はまったくいつもと同じはずなのに、決定的に何か大事な部分が違っているように見えた。
「あれ、なんだろう、池の向こう側の月、なんかいつもと違うような、、違わないような、、」
そこまで口にしたところで、俺は夕暮れが近づいていることに気が付いた。
「いけない、そろそろ行かないと約束の時間に遅れちまう。」
時間のことに気付いた俺は、黒猫への別れも早々に、彼女との約束の場所へ行こうと急いで踵をかえした。
黒猫が後ろの方でみゃあみゃあと鳴いているような気がしたが、また遊びに来てやるから心配するなよ、と心の中で別れの言葉をつぶやき、俺はその場をあとにした。
空を見上げると、ゆっくりと確実に夕暮れが迫ってきていた。
オレンジ色の衣を纏った夕暮れの空は、カラスの鳴き声をバックにしながら悠々と黄昏の中へ身を乗り出し、暗い夜を導くための優雅な憂いを描き出している。
その微妙なグラデーションは、色と色との境目をどこまでもぼやかし、世界と世界が接する輪郭を光で消し去るスフマート技法のように、儚げで柔らかく美しい夕暮れだった。
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