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【連載小説】トリプルムーン 24/39

赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。

世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?

青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円) 

※第1話はこちら※


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***第24話***

「ん?え、なに?」


彼女は両手を上に上げたまま、何が起きたか分からずびっくりしてそのまま固まっていた。


「俺、お前のこと好きだよ。」


 波の音が急に大きくなった気がした。波は動揺をひた隠しているかのように大袈裟な飛沫をあげながら、けたたましい音を立てて浜辺に砕け散っていった。


「え?ちょっと、なに?どうしたの?急に?」


 彼女は笑いながらも戸惑いを隠せない様子だった。きょろきょろと横を向いたり遠くを見たり、髪の毛を触ったりと、完全に気が動転してしまっているようだった。
 引きつった笑顔と落ち着きをなくした目線は、まるで釣り上げられた魚のようにピチピチと彼女の顔の上で飛び跳ねている。

 俺は動揺している彼女の目を静かに見つめた。その目の奥には、今まであった世界が崩れ去り、新しい世界が始まろうとする決定的な瞬間が映し出されているようだった。
 彼女は驚きのあまり言葉をなくし、うまく笑うことも出来ずにその場に立ち尽くしていた。俺は少しだけ間をおいてから彼女の正面に向かい合い、ゆっくりとした口調で彼女に言葉をかけた。


「ずっとお前のこと好きだったんだ。よかったら、俺と付き合ってくれないか?」


 波はなおも大きな音を立てながら、懸命に浜辺に打ち付けられている。潮風はさっきまでとは打って変わったよそよそしい風で、俺たちの間を通り抜けていった。
 月と星は固唾を飲んで俺たちの様子を見守っている。俺はその時、不意に初めて彼女に会った日のことを思い出した。

 あの日の彼女も今みたいにうまく笑えずにいた。けれど、言葉を交わすうちに緊張もほぐれ、その日の終りに彼女は素敵な笑顔を俺に見せてくれた。
 あのとき、まるで一瞬時が止まったように感じたのを、俺は今でも鮮明に覚えている。思えばあの日からずっと、俺は彼女に恋をしていたのかもしれない。

ほんの数秒だけ彼女は黙りこくり、そのあと小さく頷きながら返事をしてくれた。


「もちろん、いいよ。だって、私もあなたのこと好きだから。」


 その瞬間、俺のいる世界と彼女のいる世界はピタリと一つに重なり合った。俺と彼女、それぞれの世界に流れていた時間も、歯車と歯車が噛み合うようにカチリと同じ時を刻み始めた。
 彼女はおもむろに目を閉じたので、俺もゆっくりと目を閉じて彼女の肩を抱き寄せた。

 世界中のすべての動きは限りなくスローモーションになり、さざ波も潮風も月の光も、ゆっくりと静止するように俺たちの周りを通り抜けていった。
 彼女の唇は柔らかく、口づけをすると愛しく尊い温もりが溢れ、いまここに生まれたばかりの新しい世界を優しく彩っていった。

 赤い月の光に照らされた俺と彼女の横顔は、誰もいない夜の浜辺に美しい一つのシルエットを作りあげている。永遠を感じることがあるなら、間違いなくこの瞬間は永遠を感じる瞬間だった。

 長くもなく短くもなく、始まりも終わりもない、ただの永遠がそこにあり、俺たちのことをいつまでもいつまでも包み込んでいた。

 世界と世界が結び合うのを見届けると、月は人知れずその数を増やし、3つ4つと増えながら一列に整列して暗い夜空を彩りはじめた。
 赤い月が真ん中にあったかと思うと、青や緑や紫色の月が次々と飛び出し、カラフルな宝石箱が散りばめられるように、暗い夜空は色鮮やかに染まっていった。

 月はその数をどこまでも増やしていき、無限の色彩を携えて闇夜の果てへと辿り着こうとしていた。やがて永遠を伴った口づけが終わる頃、月は何事もなかったかのように一つに戻り、その色が何色だったかを思い出すようにしながらぼんやりと元の輝きを取り戻しはじめていた。

「ずっと前からって、いつから好きだったの?」


 顔を離して互いの瞳を見つめ合うと、彼女はぼんやりとした表情で俺に問いかけてきた。


「ずっと前はずっと前だよ、出会った頃から、ずっと好きだったんだよ。」
「そうだったんだ。」


 そう言って彼女はしばらく俺の顔をまじまじと見つめたあと、不意にいたずらな笑みを浮かべた。


「私もだよ。」

 俺たちはもう一度静かに目を閉じ、ゆっくりとあつい口づけを交わした。その間、夜空に煌めく月は、その色彩を無限に変化させながら、世界の狭間でゆらぎ、彷徨い、揺蕩っていった。

 世界中の時の動きはピタリと止まり、静止したまま微動だにせず沈黙している。唇を離すと月はその色を定め、世界の時はゆっくりと動き出した。そして、唇を重ねるとまた月は移ろい、世界の時は動きを止めた。

 心を重ね合えば、世界の色は変わり、時の歩みは止められるのかもしれない。俺たちはその喜びを互いに分かち合うようにしながら、何度も何度もあつい口づけを交わし合っていった。世界中の時を止めながら、何度も何度も。


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